読書生活 

本もときどき読みます

人に心を開くとき 「北斗」石田衣良

これはおもしろい

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 先日、新作ではないのに本屋に平積みされていて驚きました。ドラマ化されるようです。地上波でないのが本当に残念です。帯に北斗役の子の写真が出ていました。額に傷があります。至高(父)からドライバーでやられました。

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 両親から激しい虐待を受けて育った少年、北斗。誰にも愛されず、愛することも知らない彼は、高校生の時、父親の死をきっかけに里親の綾子に引き取られ、人生で初めて安らぎを得る。しかし、ほどなく綾子が癌に侵され、医療詐欺にあい失意のうちに亡くなってしまう。心の支えを失った北斗は、暴走を始めー

 

 長い。578ページ。しかし、内容が濃く、冗長だなと感じた部分が一切ありませんでした。

 

 両親から凄まじい虐待にあう北斗。15の時、父親が癌で死亡します。母親からも虐待を受けていたわけですが、体力的にはもう高校生、それほど恐れることはありません。ところが、父親がいなくなると、母親が北斗に自分を虐待するよう求めてくるようになります。わざと北斗を怒らして、自分を殴るように仕向けてきます。過去の虐待の悔しさから、北斗は母親への暴力を自分で止めることができません。

 

北斗は何もかもがとことん嫌になった。死んだ至高(父)も、息子の怒りさえ利用する美砂子(母)も、報復で自分がされたことと同じ虐待を母親に繰り返す自分自身も、憎らしくてたまらなかった。気が付いたときには、美砂子の首を両手で掴み、ぐいぐいと締め上げていた。

 

 この後、北斗は自ら福祉司に助けを連絡を取り、里親である綾子の元へ行くこととなります。綾子は何人もの被虐待児をあずかって立派に育てた、里親としてできた人で、北斗にも優しく接します。ところが、北斗は大人を信用することがどうしてもできません。どうすれば綾子の心の底を探れるのか、徹底的にテストしなければならない、そう考えた北斗は、無断で外泊し、部屋の壁を殴って壊し、昼夜を問わず、大音量で音楽を聴き、わざと飲酒して出頭する。それでも綾子は怒らない。警察官に頭を下げる綾子を見て胸を熱くするも、綾子へのテストは終わらない。綾子の一番大切なものは何だろう、それを傷つけることができたなら…。翌朝、北斗は恐るべき行動に出ます。

 

「今日も一日よろしくお願いします」特に信仰が篤いわけではなかったが、綾子は、毎朝の供え物と祈祷は欠かさなかった。二十年以上も昔に死んだ相手に祈って、何があるというのだろうか。ちいさな背中を見て、北斗はこれから始まる行為が恐ろしくなった。だが、綾子が本当に信じられる人間か確かめなければならない。後ろに立つ北斗に気が付いたようだ。北斗は透明なコップを仏壇から取り上げ、中身をまだ四十代の若々しい遺影に投げつけるように振り掛けた。綾子は硬直している。続いて茶碗の中身を金メッキだらけの仏壇の奥に叩きつけた。北斗の息は荒かった。死んだ人間はただ存在しなくなるだけだ。魂なんて、どこにもない。もし至高(父です)の魂がどこかに残っているのなら、きっと自分はそいつを殺しにいくだろう。滑らかな灰で一杯の線香立てを投げつけると、仏壇の周囲は煙が上がったように白く霞んだ。北斗は両足を開いて、立ち尽くしていた。綾子を揺さぶるには、最も大切にしているものを傷つけるしかない。それには夫、智裕の死を汚すしかないだろう。二十二年間欠かしたことのない祈りの時間をめちゃくちゃにしてやるのだ。北斗の手足は震えていた。これですべてが終わってしまった。いくら綾子でも、手に負えない自分をこの家から放り出し、また施設に戻すことだろう。それが残念でたまらず、同時に安心もしていた。落ちるところまで落ちればいい。自分など誰かに愛される価値のない人間だ。

 

 ところが、綾子には変化がないのです。仏壇を破壊したんですよ。片付けて、何もなかったように「朝ご飯を食べましょう」というんです。

 

「僕が何をしても、綾子さんは見捨てないんですか。なぜ、僕を叱って叩かないんですか」

綾子は笑った。

「それはね、北斗君がうちの子どもだから。親は子どもが苦しんでいたら、叩くんじゃなくて、いっしょに苦しむものよ」

それは、当たり前の言葉だった。テレビドラマで何十回となく聞かされてきた台詞に似ている。いつも全員揃って食卓を囲んでいるくだらない家族の物語。だが、北斗は気が付いたときには、爆発的に涙を流していた。自分がなぜ泣いているのか、いつ泣いたのかもわからない。ただ涙は後から後から湧いてくる。北斗は自分をすべて委ねられる大人に生まれて初めて出会っていた。母の体は細く薄かった。いつまでも元気で、長生きしてほしい。大人にそんなふうに思ったこともなかった。死んでしまえばいい大人にしか会ったことがないのだ。泣きながら、北斗は心の中で繰り返していた。お母さん、お母さん、僕を守ってください。冷たい外の世界から、残酷な僕自身の心から、守ってください。お母さん、お母さん、その代わり何があっても、僕があなたを守ります。

 

 私は、この場面が最も好きです。人が心を開く瞬間を見事に描いていると感じます。

 

 ここまでで、物語はまだ序盤です。 この後、綾子の癌、医療詐欺、復讐、裁判、と続きます。

 死刑制度について、考えてみました。 

yama-mikasa.hatenablog.com