読書生活 

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ひとりでは生きていけないという幸せ 

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 CMで使われている言葉です。

「ひとりでは生きていけないという幸せ」

うまいこといいますね。

「自分のことは自分でできるようになりなさい」

「責任の所在をはっきりさせなさい」

「人に甘えるな」

 子どもの頃からこういう言葉をさんざん聞かされてきました。両親からも教師からも上司からも。10年ほど前の構造改革で「自己責任」というフレーズが飛び交うようになってからというもの、先の言葉はますます力をもち、もはや社会生活をおくる上での前提となっている感があります。

 この「自己責任」という考え方、突き詰めれば、自分で金を稼ぎ、自分でご飯を作り、自分でパソコンの配線をし、自分で車の修理をし、自分で寝たきりの親を介護して-。誰にも依存せず誰にも依存されないで生きる人間になろう、ということですよね。そんな生き方のどこが楽しいのか、わたしにはさっぱりわかりません。そういう人に「あなたは幸せですか?」と聞いてみたいです。「幸せだ」と答えたなら、寂しいことです。他人に依存すること、そして他人に依存されることの経験を味わったことがないのでしょう。スーパーのパック寿司しか食べたことがないのに、世の中の寿司を全て食べつくしたかのような顔をして、パックの寿司を「うまい」と言っている、そういう風に聞こえます。良質な寿司を一度でも食べたことがある人なら、パックの寿司を「うまい」とは言いません。

    わたしは、一人では生きていけません。わたしには、妻や子をはじめ、「あなたなしでは生きていけない」という人間がたくさんいます。「あなたなしでは生きていけない」という思いは、「だからこそ、あなたにはこれからもずっと元気で生きていてほしい」という思いと同じです。わたしには、生きていくにあたり大勢の人が必要で、わたしはその人たちに元気でいてほしいと思っています。

    自己責任を突き詰めた人間は、誰にも頼らなくても一人で生きていけるわけで(実際には誰かの力を借りて生きているわけだけれども、誰の力もできることなら借りたくないと思っているわけで)、そういう人間は、自分の周囲の人間を思い浮かべながら、「あなたもあなたもあなたもわたしが生きていくにあたり必要ない(もしくは、今はあなたが必要だけれども、近い将来できるかぎり不必要にしたい)」と考えています。そういう人間と、周囲の人間を思い浮かべながら「あなたがいないと私は困る。お願いだからいつまでも元気でいてほしい」とまわりにその健康と幸福を願わずにはいられない多くの人を有している人間、どちらが幸せでしょう。

 わたしは、その人がいないと生活に支障をきたすような多くの人に囲まれて生きています。その数は、年とともに増えている気がします。でも、わたしはそれを困ったことだとは思っていません。そして、わたしは幸せです。

 

 成人の4人に1人が「自殺したい」と思ったことがあるとのことです。死なないでください。あなたが死んだら私が困ります。

  

 また、東野圭吾は、作品の中で「自殺は、残された遺族を自殺者遺族として苦しめることになる」と述べています(と主張する人物が登場するということです)。