読書生活 

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フリーザに殺されたあの日。

 当時付き合っていた彼女はなかなかの美人でした。まりちゃんと言います。地元のミスコンで女王様になったんですから、芸能人ほどではないけれど、地元では評判の美人といったところです。でも、当時のわたしは、まりちゃんが世界一の美人だと思っていました。少なくともゴクミ以下ではない。「ゴクミ」というたとえで年代が察せられるかな。もう遠い過去の話です。過去は美化されます。そういうものでしょう。

 まりちゃんとは高校で知り合いました。入学当初から男子の人気者でした。まりちゃんを初めて見たときはその光に驚きました。ゴクミは若干黒かったけど、まりちゃんは色白でした。長い髪の毛を一つにくくっていました。

 わたしはまりちゃんに夢中になりました。なぜまりちゃんのことが好きになったかって?美人だったからです。若いときの恋愛なんてそういうものでしょう。人は見た目が9割と言います。若ければ若いほどそれは顕著です。自分のこともよくわかっていないのに人を見る目などあるはずがない。どんなに後付けでまりちゃんを好きになった理由を考えても、やはり「美人だったから」です。

 しかし、まりちゃんはわたしが告白できるようなレベルではなかった。高校時代のわたしは今にもまして平凡そのもので、人に誇れる特技などない普通の眼鏡青年でした。

 ああ、そうだ。一つだけ特技がありました。火を起こすのが誰よりも早い。郷土研究部だったわたしは、高校の掃除用具入れのロッカーから木製のモップを拝借し、その杖の部分をのこぎりで切って作った手製の火起こし機で、誰よりも早く火を起こすことができました。文化祭では、人気者はこぞってバンドを組み体育館や音楽室で女子からきゃーきゃー言われていました。同じ時間、わたしは小学生相手に火起こしを実演し、火の起こし方を教えていました。この特技は、その後の人生で一度も役立っていませんが。

 わたしがまりちゃんにぞっこんだったのは誰もが知るところでした。隠していたつもりですが、だだもれだったようです。そんなある日、まりちゃんに呼び出され告白されました。告白の理由はわかりません。「自由になる犬」とでも思ったのでしょうか。わたしはその夜寝られませんでした。興奮して実家(当たり前ですが当時住んでいた家)の近くの砂浜に真夜中まですわっていました。頭の中ではサザンの「真夏の果実」が繰り返し流れていました。なぜサザンかって?みんなが聞いていたからです。

 まりちゃんは、わたしと付き合っていることを隠したがりました。高校から最寄りの駅まで歩く際の待ち合わせ場所は、高校から1キロほど離れた本屋でした。しかし、どれだけ隠してもばれます。わたしがまりちゃんと付き合っていることは、そこそこ地元で有名な話となりました。「おまえ、あの高校で一番の美人とつきあっているらしいな」と数少ない小中学校時代の友達にからかわれました。

 でも、まりちゃんのファンは、まりちゃんが平凡なわたしとつきあっていることを黙って見ているわけではありませんでした。学校帰り、わたしとまりちゃんが歩いていると、何度か顔立ちの整った男(同級生)に声をかけられました。「まりちゃんと話があるから少しいいか?」とわたしに聞いてきます。わたしが答える前に、そいつはまりちゃんと少し離れた場所で話しこみ始めました。100mほど離れた場所でぽつんと待つわたし。小一時間してまりちゃんは帰ってきました。どんな話をしたのかには触れません。それがわたしのプライドでした。今考えると本当にアホです。

 携帯もポケベルもない時代でした(ポケベルはあったのかもしれませんが、わたしの生活圏には影も形もありませんでした)。土日の連絡手段は固定電話のみです。まりちゃんはよくわたしを自分の家に誘いました。おそらく町で会って誰かに目撃されるよりはまし、と思っていたのかもしれません。わたしは、「友達の家に遊びに行く」と親に嘘をつき、バスに乗ってまりちゃんの家に何度も行きました。

 まりちゃんの家は富豪でした。田舎でしたが町にビルを持っていました。自宅は駅から数百m離れた立派な洋風の建物でした。いつも父親はいませんでした。まりちゃんの母親と、2人の弟がいました。1つ下の弟と、10離れた弟です。

 そこでわたしは大人になりました。わたしは初めてでしたが、まりちゃんが初めてだったかどうかはわかりません。それを聞かないのもプライドです。10離れた弟さんが時々こっそり入ってきました。「今見たことは誰にも言っちゃだめ!」とまりちゃんは弟に何度も言ってました。あの子ももう今頃30代かあ。

 まりちゃんは私大の医学部に進学しました。小田急線沿線の医大の補欠合格でした。大学からは「寄付金を出せば入学できる」と言われたらしいです。そういう話、ほんとにあるんですよ。まりちゃんの家は富豪でした。一口1000万円の寄付を何口か出したと聞きました。まりちゃんはその医学部に入学し、わたしは関東圏の大学に進学しました。

 アパートを借りた日、部屋に電報が来ました。まりちゃんからでした。「スグデンワシテ マリ ×××-××××-××××」。電報を個人的に受け取ったことなど、それ以降一度もありません。

 電話をすると「すぐ来てくれ」と言われました。「1人は寂しい」と言われました。その日のうちに行きました。まだ入学式の前です。わたしの借りたボロアパートとは全く別の、格式高い部屋でした。

 その1ヶ月後、まりちゃんから別れを切り出されました。詳しい理由は忘れました。ショックでした。大学でもっと都合のよい男を見つけたのでしょう。

 はっきり覚えていることがあります。その日、小田急線に乗ってボロアパートに帰る途中、網棚に置いてあったジャンプを手に取り読みました。その号でクリリンが殺されました。わたしは自分をクリリンに重ね合わせました。怒りの衝撃でスーパーサイヤ人になった悟空ではなく、一瞬でフリーザに殺されたクリリンに。無でした。無。

 

 生き返らないはずのクリリンが生き返ったように、わたしもしばらくして無から起きます。そして、また懲りずに別の女性に夢中になります。永作博美似のかわいい子でした。

 

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