読書生活 

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親としての仕事を一つ放棄した

 わたしはサンタからプレゼントをもらったことがない。クリスマスに母親が作ったケーキを食べた記憶はある。しかし、プレゼントをもらったことは一度もない。

 「サンタクロースが子どもにプレゼントを配る」ということは知っていた。そして「サンタの正体は親」ということもうっすら知っていた。この知識は小学生の頃見た映画『グレムリン』による。主人公の女友達が自分の過去を主人公に語るシーンがある。まだ小さかったある冬のこと。その子のお父さんがクリスマスに行方不明になった。警察にも通報し探したが見つからない。寒いので暖炉に火を入れたら煙突から異臭がする。もしや?と中を覗いて見ると、サンタクロースの恰好をしたお父さんが死んでいた、という話だ。家族を驚かそうと思った父親が、家族に内緒でサンタの恰好をしてプレゼントを背負い煙突の上部から入ったが、足を滑らせ落下して死んだという話だった。

 「それなら一番下まで落ちているはずだ。暖炉から体の一部が出ているだろう」と思った方がいるかもしれない。わたしも今書いていてそう思った。でも、本当に『グレムリン』に出ていた女の子はそう語っていたのだ。違っていたら教えてほしい。

 サンタに話を戻す。実家のある町が限界集落と言ってもいいくらいの田舎だということもあったが、わたしの実家周辺にはサンタのかけらもなかった。サンタ文化はアメリカやヨーロッパのものだと思っていた。友人たちがサンタからプレゼントをもらっていたかは知らない。冬休みが終わって「お年玉がいくらだったか」と聞き合うことはあっても、クリスマスプレゼントが話題になることはなかった。高校生のとき「親がサンタだってわかったのは何歳のとき?」と聞かれ、唖然としたのを覚えている。

 そんなわたしも結婚して子どもができ、サンタとなって子どもにプレゼントをあげるようになった。プレゼントって、もらう喜びだけじゃなく、渡す喜びがあることも知った。子どもって本当にサンタがいるって信じている。プレゼントはレゴだったりトーマスだったりした。年によってプレゼントの内容は変わったが、毎年同じように息子は喜んだ。毎晩部屋の窓の鍵はかけていたが、クリスマスの夜はサンタが入ってこれるように鍵をかけずに寝た。

 ある年、こんなことがあった。イブの夜、息子がベッドにみかんを持っていくと言う。聞くと「サンタさんがおなかを空かせないようにあげるんだ」と言う。

 ある年は、ポケモンのカセットがクリスマス商戦の真っただ中に2つ同時に出た。何だったかな?「ホワイト」と「ブラック」?。息子は1ヶ月前から「ホワイト」と言っていたにもかかわらず、前々日くらいに「サンタさん、もう出発したかな?ブラックに変えられないかな?」と泣いていた。すぐにアマゾンで注文したがおそらく間に合わない。トイザらスに行ったが当然在庫はない。祈るような気持ちでアマゾンの配達を待ち、何とか間に合った。それ以降、サンタさんが困らないように、サンタさんへのプレゼントは「ほしいものを事前に手紙に書く」「変更はしない」というルールになった。

 5年生のとき「お母さんたちがサンタって本当?」と聞いてきた。近所に住む2つ上の子から教えてもらったとのこと。「その子の家はそうなんだよ。うちは違う。本当にサンタはいる。おまえにプレゼントをあげているのは本物のサンタだ」と言った。信じる気持ちは大切だからね。

 そして、とうとう今年。息子は大きくなった。身長175cm、足のサイズは27.5。12月になっても息子がサンタの話をすることはない。「もう潮時だろう」と今年は準備をしなかった。クリスマスの朝、わたしが起きたら息子はいなかった。バスケの練習試合で早朝に家を出たとのこと。息子の様子を家人に聞くと、普段と全く変わらなかったと言う。

 その日の夜、試合から帰ってきた息子と夕食を食べている時に、クリスマスプレゼントについて聞いた。今年はなかっただろうと。息子は「親としての仕事を一つ放棄したね」と笑いながら言った。

 先日、スーパーで5キロのお米を買った。両手で持ったら懐かしい重さだった。