読書生活 

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『八甲田山 死の彷徨』新田次郎 冬山で凍死しないためには

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雪山で死なない方法 

 青森の陸軍第五連隊が、雪中の八甲田山で遭難して、ほとんど全員(約200人)が凍死するというなんとも暗い本です。吉村昭を彷彿とさせる新田次郎の記録文学です。

 日露戦争間近となり、猛烈な寒さが予想されるロシアでいかに戦うことができるか、その研究を兼ねた訓練でした。

 この事故を通し、わたしが学んだ雪山で凍死しない方法をまとめます。最も重要なことは、素人は雪山に行くな、ということです。君子危うくに近寄らず、です。雪山をなめるなよって、お前が言うな。 

案内人をつけろ 

 機器類の過信は禁物です。ホワイトアウトの中、道なき道を進むには、その地理を知り尽くした案内人が不可欠です。この第5連隊にも道案内をつけた方がいいという意見があったのですが、隊長が断りました。

 「お前たちは案内料を欲しいからそのようなことをいうのだろう。雪の中を行く軍と書いて雪中行軍と読むのだ。いくさをするのにいちいち案内人を頼んでおられるか、軍自らの力で困難を解決して行くところに雪中行軍の意味があるのだ。おまえらのように案内料を稼ぎたがる人間どもより、ずっと役に立つ案内人を軍は持っている。見せてやろうか。ほらこれは磁石というものだ」

山田少佐という方なのですが、この隊長のもと、ほぼ全滅します。だめだよ、危ないよ。案内人はつけなさいよ。

火を起こす練習しとけ 

 とにかく寒い。雪濠を掘り避難しますが、暖をとるためには火が不可欠です。この火がなかなかつかない。

 雪の上で木炭の火を起こしにかかったときから、雪濠の中で飯を炊くことがいかに困難であるかが知らされた。炭俵をたきつけにして木炭に火をつけ、ようやく木炭が起こり出すと、その熱で雪が解けて炭火を消した。枯れ枝を集めて焚こうとしたが、枯れ木はなかった。結局濡れて消えた木炭の上でまた火を起こすしかなかった。炭火の火力が強くなればなるほど、下敷きになっている雪が熔け、水となり、雪の床がどんどん下がっていった。

 しかも、火が起きても下っ端の兵隊はなかなか火にあたらせてもらえないのです。十分交代であたらせてもらうのですが、それでは逆に外での寒さが骨身に染みるわけでして。

指先を温かくしとけ

 さすったり、つねに動かしたりしておかないと凍傷になります。凍傷になると細かい動きができなくなります。指先が凍傷になると悲惨です。おしっこしたくなるでしょう。ズボンのボタンが外せないのですよ。

 手に凍傷を受けた者はもっとも悲惨であった。尿をしたくともズボンのボタンを外すことができないし、またそのあとでボタンをかけることができなかった。

 だから、おしっこがしたくなると、手がまだ動く人にボタンを外してくれるよう頼むわけです。でも、そうもいかなくなりまして。

 尿意に負けて、ボタンを引きちぎるようにして用を果たしたあとで、その部分から寒気が入り込んで死を急ぐ原因をつくった者もいた。

 ボタンをはずすことができずに、そのまま尿を洩らした者もいた。尿はたちまち凍り、下腹部を冷やし、行進不能になった。

 きついですね。こんな描写も。

 「小便がしたい、誰かボタンを外してくれ」と悲痛な声で叫ぶ者がいた。返事をする者はなかった。寒さと眠さで頭が朦朧としていて他人の世話をする気も起らないのであった。尿意を催して、叫ぶ者はいい方だった。声も発せずそのまま用便をたれ流す者が出てきた。異常な寒さのために急性下痢を起こすものがあった。ズボンをおろしたくても、手が凍えてそうすることができなかった。悲惨を通り越して地獄図を見るようであった。自らの身を汚した者の下部は、その直後に凍結を始めた。彼らは材木が倒れるように雪の中に死んでいった。  

こんな死に方は嫌だ!

着替えを持っていけ 

 濡れたらすぐに凍ります。そして体温が奪われ死に至ります。

 彼らの上着は汗でびっしょり濡れていたが、着替えもないし、脱いで乾かす炭火の余裕もなかった。夜が更けると気温はますます降下した。寒気は二枚の外套を通し、軍服をつらぬき、濡れたままになっているシャツにまで染みとおって行った。

 今は当たり前の防水機能はとんでもなく優れた代物のようです。このころの人たち、毛糸の手袋とかしてますから。服やシャツだって当然濡れるわけです。中からは汗、外からは雪ですぐにぐっしょりです。そして、それを乾かせない。で、すぐに凍ります。着替えを持って行っても油紙で包んだりしないとその着替えも濡れます。寒いのは嫌です。凍り死ぬのは嫌だ!

寒さで発狂する 

 堪えられない寒さに襲われたら眠って死ぬと思っていたのですが、どうやら全員がそうではないようです。発狂する人も多く描かれています。

集合が終わり、点呼を取って、いざ出発の号令が掛かった直後に、獣のような声を上げながら、隊列を離れて雪薮の中に駆けこんだ兵がいた。その声は絶叫に似ていた。狂った者の声であったが、叫び続けている言葉の意味は分からなかった。狂った兵は銃を捨て、背嚢を投げ捨て、次々と身に付けているものを剥ぎ取りながら、雪の中を想像もできないような力で押し通って行った。周囲の兵が引きとめようとしてもどうにもできなかった。気の狂った兵は死力を出して同僚をつき飛ばした。その兵は軍服を脱ぎ、シャツも脱いで捨てた。はだかのままで雪の中から引きずり出された兵に投げ捨てた衣類を着せ終わったときには、兵はもう動かなくなっていた。

読んでるだけで寒くなってきました。こんな死に方は、絶対に嫌だ!

 

 この本で知ったのは、太平洋戦争で見られた日本軍の精神主義がすでにこの頃には確立していたということです。

人が動けば金がかかる、その金がないから、何かと言えば精神でおぎなえという。精神だけであの寒さに勝てるものですか、胸まで埋もれてしまうようなあの深雪に勝てるものですか、どうもわが軍の首脳部には、物象を無視して、精神主義だけに片寄ろうとする傾向がある。危険だ。きわめて危険なことだ。

 山田少佐の部下のセリフです。どうなんでしょうね、こういった考えは日本古来のものなのか、それとも維新の改革を断行するために明治新政府の首脳陣が採用し広めたものなのか…。

 植村直己とは一味違った、極寒の世界でした。 

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