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宦官(かんがん)って何?手術はどうやるの?

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 宦官とは、去勢された男子のことを言います。宦官は、はじめは捕虜を去勢してその仕事につかせていましたが、後に志望者もでるようになりました。この宦官制度や去勢手術について迫ります。

宦官とは 特に中国で広まった制度 

 宦官(かんがん)とは、中国で100年ちょっと前まで採用されていた制度の一つです。広辞苑(第4版)によると、

宦官:東洋諸国で宮廷に仕えた去勢男子の小吏。特に中国で盛行、宮刑に処せられた者、異民族の捕虜などから採用したが、後には志望者をも任用した。常に君主・後宮に近接し、重用されて政権をも左右することも多く、後漢・唐・明代にはその弊害が著しかった。

とあります。中国の歴代の王様は美女に弱いイメージがあります。クーデターを起こすなら武力より美女、中島敦の『弟子』にもそんな話がありました。

 美女に弱いということは、嫉妬も激しかったことでしょう。姫に仕える男が信用できないので去勢する、ということになったようです。日本の大奥のように、男を近づけなければよかったのに。

 最初は捕虜を去勢して宦官としてその役につかせましたが、広辞苑にもあるように「後には志望者をも任用」します。志望者がいたんですね。去勢の。

 どうやら、中国で出世するためには皇帝貴族の子に生まれるか、科挙に合格するしかなく、大抵の民はド貧乏。そこで、宦官に目をつけた人がでてきたようです。宦官になれば宮廷に入れますからね。

 この宦官、浅田次郎の『蒼穹の昴』にも出てきます。

かつては異民族を断種するために、あるいは宮刑という刑罰の結果生み出された彼らは、今や立身のためにすすんで男を捨て、後宮の奥深くに仕えていく。

 「男を捨て」とあります。切るんですよ。どうやって切るか…。

宦官手術とは 

 世界最初の麻酔手術は、1804年に行われたとあります。日本人の花岡青洲によるものです。中国の宦官制度はもちろんこれより以前にもずっとあったわけで、もちろん麻酔などないわけで、麻酔なしで切るわけで…。調べてみました。こんな感じです。

三田村泰助『宦官 側近政治の構造』 

 政府公認の「刀子匠」(タオツチャン)と呼ばれる去勢専門家がいて、お金を払えばすっかり治療するまで責任を持って手術してくれるそうです。

 手術の方法は、まず白いヒモ或いは紐帯で被手術者の下腹部と股の上部あたりを堅く括って止血を行い、次に熱い胡椒湯で念入りに消毒を行います。この後、被手術者に執行の確認をすると準備完了です。

 執刀者は鎌状に少し湾曲した小さい刃物で陽根、陰嚢もろともに切り落とし、その後に、白蝋の針、または栓を尿道に挿入し、傷は冷水に浸した紙で覆い、注意深く包みます。

 それが終わると二人の助手に抱えられて、2~3時間部屋を歩き回った後に横臥させられます。手術後、水を呑まないまま3日間寝たままで過ごし3日後にその栓を抜いた時に噴水の様に尿が出れば成功となります。ここで尿が出ないと失敗で、死あるのみとなります。

浅田次郎『蒼穹の昴』 

 蒼穹の昴には、その施術の様子が細かく書かれています。

無人の石牢がある。寝台の藁布団には、牡丹の花をまちちらしたように真新しい血がしみていた。床には欠けた茶碗や薬瓶や阿片の煙管や血だらけの晒が散乱していた。

うーん、血なまぐさい。

 だが、人はいない。その先に半分ほど扉を開けた小部屋があった。異臭はそこから漏れ出てくるらしい。

 温床の上には、少年が大の字にくくりつけられていた。戸口の人影を認めると、少年は真青な顔をもたげて呻いた。

「水、水を-」

すると、隣室から術衣を着た男が現れて、怒鳴りつけた。

「まだだ、あと3日、あさっての晩にはたんと飲ませてやる。それとも今飲んでくたばるか?」

 台にしばりつけられ、スパッと鎌で切られる。そのまま飲まず食わずで3日間痛みに耐えます。もちろんしばりつけられたまま。どうして水を飲んではいけないのか。

「どうして水を飲んじゃいけないの?」

「やつの傷口には白蝋の棒が入れてある。3日たたずに水を飲めば小便が詰まる。棒を抜けば肉が盛り上がって小便の道をとざす。どっちにしろあの世行きだ。飲みてえ奴には気のすむまで飲ませてやる。で、隣の石牢に放り込むってわけさ。いっときもたたぬうちに小便が詰まって、のたうち回って死ぬ。万に一つも助からねえ」

ここまでをまとめるとこういうことのようです。

①.台に両手足を縛られる。

②.鎌でスパッと切る。

③.すぐにろうそくをつっこむ。

 この作業をしないと、まわりの肉が傷口をふさぎ、おしっこの通り道がなくなってしまいます。おしっこの穴をキープするためにろうそくを入れ、3日間は抜いたらいけません。その間におしっこがしたくなってもろうそくを抜くことができませんから、おしっこできません。だから、水を飲んではいけないのです。

④.3日間、台に縛られ、飲まず食わずでおしっこの穴ができるのを待つ。

⑤.3日後、傷口からろうそくを抜き、その穴からおしっこが出たら成功。

 大人より子どもの頃に斬った方がいいそうです。ただ、あまり幼すぎてもいけないようです。刀子匠が主人公の股間を揉んでこう言います。

股ぐらを、探るように揉みしだく。「うむ。まだ皮も剥けちゃいねえし、袋も下がっちゃいねえな。一年もたちゃちょうど切り頃だろう」

 猫の去勢と同じですね。この前、生後4か月の愛猫「ふく」の去勢手術についてドクターに相談したら、「玉がしっかり落ちる半年くらいに行います」と言われました。

 蒼穹の昴の主人公のモデルは小徳張という伝説と言われた宦官だとのこと(諸説あり)。探したら写真がありました。

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 1876年生まれ。1957年にお亡くなりになっています。つい最近です。

日本で宦官制度が取り入れられなかった理由

  日本は大陸の律令制度を導入しながら、科挙と宦官については、これを導入しませんでした。なぜでしょう。調べてみると諸説ありました。代表的なものを取り上げます。

畜産業がほとんど存在しなかったため 

 中国の大手ポータルサイト、新浪網の記事です。ここでは日本が宦官制度を採用しなかった理由として

農作物の品種改良は大いに発達させたが、畜産業がほとんど存在しなかったことが大きな要因の一つと考えられる。

とし、去勢の知識を知らなかったことを挙げています。そうかなあ。

 司馬遼太郎も同じようなことを書いています。『司馬遼太郎が考えたこと 14』より。

 人間においては、宦官が去勢者だった。男子を宮廷の奥で仕えさせるために去勢するというのは、欧州、中近東、また中国などユーラシア大陸一般に見られた現象だが、日本は歴世、大陸の文物を輸入し続けたにもかかわらず、この風だけは入れなかった。

 このことは、動物についても去勢しなかったことと関連があるように思われる。従って去勢の技術もなかった。

 宦官なく去勢馬なしというのは、日本史の一特徴として見逃しがたい。

 日本馬とヨーロッパの馬の比較の文脈でこのように言ってます。なるほど。

姫の身を、家族や親族ががっちり守っていたから

 江戸時代までは、殿様は正室、側室にかかわらず、一緒に住む習慣がありませんでした。いわゆる通い婚です。その女性たちは実家でその家族や使いの者にしっかり保護されていたので、わざわざ宦官を置く必要がなかった、という説も有力です。

 女性を囲い、一ヶ所に集める大奥が江戸時代に生まれます。ご存じのように大奥は男子禁制です。すべて女性が仕切っています。なぜ、宦官が採用されなかったのか…。 

大奥の創設者が春日局だったから 

 3代将軍家光の時代に大奥ができました。この中心人物が春日局です。春日局は自分が一番の権力者になりたかった、そのためには男が邪魔だった、そこで、大奥を男子禁制とし、自らを「大奥総取締役」と名乗ったわけです。春日局が家光の乳母であり、絶対権力者の家光にも意見できたこと、家光が女性に全く興味を示さない性癖だったということも影響しているようです。

 司馬遼太郎の『項羽と劉邦』では、この大奥で宦官が採用されなかった理由として、

宦官は権力者の後宮の維持管理を掌っていたが、日本人の後宮では女性自身にそれを行うだけの能力があり、わざわざ生殖不具者を造る必要がなかった。

とあります。なるほど。  

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