読書生活 

本もときどき読みます

人のうんこは絶対見たくない。

本屋にて便意をもよおす 

 先日、ショッピングモールでもよおした。便秘気味なので、外出先で便意をもよおすことなどほとんどなく、少しあせった。ただ、便意を我慢するのは便秘持ちには禁物なので、そそくさとトイレに行った。

 個室に入り、しゃがみ、きばむ。そこで、強烈な匂いに気づいた。うんこしてるんだから当たり前だと思うだろうが、違う。あきらかにわたしのブツの匂いじゃない。

 異臭の正体はすぐにわかった。わたしの左斜め前に何かある。入るときはちょうど死角になる場所に何かがある。

個室のすみに放置してあったうんこまみれの赤いトランクス 

 よく目をこらすと、赤いトランクスがくしゃくしゃっと放置されていた。そこからすさまじい悪臭がする。さらによく見ると、そのトランクスにはなかなかの量のうんこがついていた。 

 うんこだとわかった瞬間、直視できなくなった。

 強烈な匂いの中で考えた。この場所で、それほど遠くない過去に悲しい事故があったんだろう。おなかを下した彼は、噴火口まで達したマグマを便器ではなく赤いトランクスに放出してしまった‥。うっかり付着した、というレベルの量ではなく、「そこに放出した」と断言できるほど大量のうんこが、その赤いトランクスにはついていた。ついていた、というより、うんこが赤いトランクスに包まれている、そんな感じだ。包まれるほどの硬度は無さそうだが。

 とりあえず噴火口に残ったマグマを便器に放出し終えた彼は、太ももに滝のように流れ着いたうんこを拭き取り、うんこまみれの赤いトランクスをどうするか考えた。決断は早かっただろう。なにしろあの量だ。トランクスを脱ぎ捨て、直にズボンを穿き、残ったうんこまみれのトランクスをこの個室から持ち出すことなく放置した。彼は今頃どうしているだろうか。寒風吹きすさぶこの寒空の中、ノーパンで家までどうやって帰ったのだろう。

 想像はいくらでもできるが、その赤いトランクスは直視できない。いや、赤いトランクスではなく、うんこを見たくない。人のうんこは見たくない。匂いも嗅ぎたくない。

大物を排出し、それをうっとりと眺めるわたし 

 一方、中6日でブツを出し切ったわたしは、放心状態だった。ここ最近、めったにない会心の排便。どれどれ、と便器の中をのぞくと、これまたなかなかの大物が湖底に沈んでいる。うねっているので正確にはわからないが、70㎝は優に越えているだろう。ネス湖で眠るネッシーのようだ。水面から顔だけを出している。神々しい。

 自分の出した大物を微笑ましく見ることはできても、同じ個室内にある赤いトランクスに包まれたうんこは絶対見たくない。わたしは、ネッシーを水に流すと、決して目線を左前にうつすことなく個室を出た。

久光の便器  

 鹿児島に行ったとき、島津久光の家に行った。仙厳園という観光施設になっている。そこで、久光の使っていたトイレを見た。ぽっとんではなく、大きな弁当箱のようだった。取っ手がついていて、タンスの引き出しのようにうんこを取り出せるようになっている。

 なぜこういう仕組みとなっているのだろう。説明によると、久光専属の医師が久光のうんこを調べるためらしい。

 「体調不良はうんこにあらわれる」ということで、毎朝久光が出したものを医者がツンツンザクザクガバガバと調べつくす。「この人参のかけらは夕べではなく日中に食したものではないか?なのに、なぜまだ残っているのだ」とか、「昨日食したはずのきのこが影も形もない。殿は召し上がれたのか?」とか言っている。そして、さんざん調べつくして原型をとどめていないうんこを捨て、洗い、またもとに戻す。

 久光のうんこも見たくない。他人のうんこも見たくない。そして、自分のうんこを他人に見られるのも絶対に嫌だ。 

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