読書生活 

本もときどき読みます

『私が殺した少女』沢崎のニヒルな台詞を胸に刻み込め

良質な日本のハードボイルド

 原尞(はらりょう)の『私が殺した少女』を読み終わりました。年末から様々なミステリーを読んできましたが、これはおもしろい。宮部みゆきの『火車』、東野圭吾の『沈黙のパレード』とは少し違ったおもしろさです。

 ストーリーもさることながら、主人公沢崎のちょうどよい言い回しが痛快。少し前に読んだ『64』とは対照的ですね。それを魅力と思えば高評価です。もちろんわたしも惹かれましたよ。

 アマゾンのレビューを読むと、評価は真っ二つに別れます。沢崎の言い回しを「無意味な表現」とする読者が結構多いんです。「端的に表せ」ということでしょう。わたしなんか、ある意味ストーリー以上に言い回しや表現を探しながら読む癖がついているので、苦になりませんでした。

 この沢崎、言い回しが独特で、癖があります。例えばこんな感じ。

〈名前のない喫茶店〉というのが、その喫茶店の名前だった。その種の気取りがいかにもぴったりの店主夫婦が、これは商売というより趣味なのだという雰囲気で私のコーヒーを入れていた。p161

 「これは商売というより趣味なのだという雰囲気で」って。沢崎の性格を表している文章です。こういうのをとったら本の厚さは三分の一になりますが、それではこの本のおもしろさも三分の一になりますね。 

明日使える絶妙な言い回しを厳選

 さきほどのような沢崎の斜めな言い回しをここにあげてみました。興味があったら読んでみてください。

「お代わりを作りますか?」いや…できるなら、思いっ切り苦くて熱いコーヒーを、ボウルに一杯もらいたいね。p133

Tシャツの胸にプリントされているマイケル・ジャクソンの顔が、取り押えている刑事たちに引っ張られて、整形手術の甲斐もなく醜く歪んで見えた。p14

定年もそう遠くなさそうな小太りの老警官で、眼鏡の奥にいつも誰かに何かを詫びているように見える小さな眼があった。p18

尋問は翌朝の7時半に頃に終わり、私はいたずらに長いだけで何の役にも立ちそうにない供述調書に署名をさせられた。p74

行き交う人々のどの顔にも何か損をしているような表情がへばりついていた。まえを歩いている人間は追い越さなければ損だというような歩き方をする者が多かった。それで傘どうしがぶつかって、相手が濡れようと自分が濡れようと少しも構わない様子だった。いつでもどこでも耳にするのは損をした話ばかりで、世の中全体が税務署の窓口になってしまったようだ。p93

さらに、その下のドアの下半分に、この世の苦悩を一身に背負ったような表情の17、8歳の女性ロック歌手とオン・ザ・ロックスのコンサートツアーのポスターが貼ってあった。p96

二階の踊り場に着くと、スナック風の黒いレザー張りのドアの向こうから、蝸牛が絞め殺されているような音色のサキソフォーンのジャズが聞こえた。p150

女性、それも若い女性にしか住めないアパート、若い女性にしか乗れない自動車、若い女性にしか読めない本-こんなものが一大市場占有率を誇っているのは世界中でこの国だけだろう。若い女性というのは地球上で最も寿命の短い哺乳類で、しかも毎年生まれ代わって出てくるから、終戦直後の欠食児童に芋飴を売るように楽な商売ができるに違いない。p166

ライダースーツと革ジャンにジーンズというあの夜と同じ服装だったが、素足に支給品か借り物のサンダルを引っ掛けているところは、陸にあがった河童のように頼りなく見えた。p247

そんな長ったらしい脅し方をどこで教わった?聞き終わる頃には、最初に何を言われたのか思い出せない。p254

あたりには、人間がどれくらい遅く歩けるかを試しているようなアベックと、どれくらい曲がって歩けるかを試しているような酔っ払いのサラリーマン以外に人通りはなかった。p291

テレビ・カメラに向かったテレビ局の女性レポーターが、傘とマイクを両手に持ち、弔意を顔で表現するとこうなるという顔と、弔意を声で表現するとこうなるという声でレポートしていた。p331

「病院で言ったことはすべて忘れろ」「覚えてさえいない」p368

「このままではすまさんからな」彼はまがいものの仏像についているような不細工な指を私に突き付けた。p402 

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