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整形手術マニュアル  

  百田尚樹さんの「モンスター」という本を読んで以来、整形手術について興味をもっていました。そこで、整形手術のマニュアルを作成するつもりで「モンスター」を徹底的に微細に注目しながらもう一度読んでみました。

1:手術前の顔 

 私はブスだった。いや、ブスという言葉は軽すぎるーそう、私の顔は畸形的とも言える醜さだった。

 一重瞼で腫れたように薄い目、しかも両目が馬鹿みたいに離れている上に左右の形が違っていた。鼻は低く横に広がり、大きな穴は上に向いていた。鼻の下はやたらと長く、口は出っ歯だった。歯並びは悪く、笑うと歯茎が剥き出しになった。頬骨が出てエラも張っていた。

2:整形手術ってどうなの?

 まず、この文章を読んでみてください。「モンスター」の一節です。

 名のある会社の就職試験には軒並み不合格だった。試験の成績ではなかった。すべて面接で落とされた。多くの会社が一度に複数の女の子を面接会場に呼んで面接を行った。面接官の男たちは、私には一顧だにくれなかった。いや、私の顔を意識して見ようとしなかった。彼らの目には不快なものを見る嫌悪ではなく、むしろ哀れみがあった。じっと見ては可哀想という色が見て取れた。それが紳士の態度というものかもしれなかったが、私は深く傷ついた。哀れみを持たれて目を避けられるというのは、これまで味わったことのない不愉快さだった。面接官の男たちは、その部屋にいた一番美人の女の子に視線と質問を集中させていた。どういうわけか企業の面接官のほとんどは男だった。会社というところは、男が女を選ぶのだということを知った。

 一度、ある会社でモデル並みに美しい女性と一緒に面接を受けたことがあった。面接官たちの目は一人の例外もなく彼女に釘つけになった。美人を前にした時、男性はどこか怯むところがある。この時もどちらが面接を受けているのか分からないくらいだった。彼女が内定を勝ち取ったことは賭けてもいい。ただ、その会社が彼女に入ってもらえるかはわからない。彼女ならいくらでも内定を取れただろうからだ。

 美人は就職活動で圧倒的に有利だった。私の通っている短大でも、かわいい顔をした女の子たちは簡単に一流企業に受かった。中には超一流企業もあった。彼女たちの多くは努力家でもなんでもなかった。ちゃらちゃら遊んでばかりいた。私の方がずっと真面目に勉強をしてきたし、学力もあった。

 美しくない女の子が内定を貰える会社は、美人の子が内定を貰える会社よりも小さな会社だった。美人を採用できるのは一流企業だけなのだ。ブスが一流企業に入るのはよほどのコネがなけらばまず無理だ。もちろん東大とか早稲田、慶応といった一流大学卒となると事情も違っただろう。彼女たちは総合職として採用されるから、顔がすべてではない。しかし、短大卒の一般職は、学力よりも顔で選ばれるのは歴然としていた。

 「仕方がないよ。会社は男性社員のお嫁さん用に取るんだもん」

なかなか内定が貰えない女の子はそう言った。

「それにこんなことを言うのは自分でも嫌なんだけど、綺麗な女の子は結婚して辞めていくけど、ブスはいつまでも会社に残れるから、取らないんだって」

 なるほど、そういうことかと思った。ウエイトレスなら美人がいいに決まっている。でもすべての仕事がそうではないはずだ。事務員として、また庶務として優秀な女子社員がほしいはずだ。それなのに、なぜ顔が重要視されるのか。受付や秘書なら顔が重要なのも理解できる。しかし、パソコンを操作したり伝票を切ったりする仕事になぜ顔が重要なのか。同じ女に生まれて、顔の違いがこれほど人生を変えるのかと思うと、暗い怒りが生まれた。美人は大学時代は男性にもてて楽しい青春時代を送り、就職試験では優遇されていい会社に入り、おそらく年収の高い男性と結婚できる可能性も高いだろう。美しく生まれただけで、恵まれた人生が約束されているのだ。秋までにほとんどの女の子の内定が決まった。しかし私を採用しようという会社はどこにもなかった。理由ははっきりしている。私があまりにも醜かったからだ。

 二十三歳の誕生日の夜、小さなケーキを一人で食べている時、突然涙がこぼれた。私はこうして一人で年をとっていくんだと思うと、絶望的な気持ちになった。

 人は中身だと言いますが、本当ですか?この「モンスター」を読むにつれ、違うという人はそこそこいけてると思っている人間なのではないか、そしてそういう美人の発言こそ影響力をもつので、「人は中身だ」論が蔓延しているのではないか、と思わなくもないです。整形手術、ありだと私は思います。

  ただ、手術に絶対はありません。信用できる医者選び、ここにかかっているのかなと思います。

3:カウンセリング

 最初に相談料を取られます。和子は「二十分五千円」です。よく調べて、質問項目を事前にしっかり用意してから、行く方がよさそうです。弁護士相談と同じですね。

4:目の手術

4(1)一重と二重どちらがいいの?

  「二重にすることは医者の立場から賛成します。美容の見地から言うと、二重の方がいいのです。一重瞼は目が細くなります。なぜかというと二重瞼の人に比べて開きにくいからです。それで一重の人は無意識に目をしっかり開けようと瞼や周辺の筋肉に力を入れます。若い時はどうということはありませんが、年がいくとその部分に余計な皺ができます。それにいつも目の回りに力が入っているから、顔がきつくなります。

 だから、私は二重瞼の手術は子どもからでもした方がよいという考えです」 

4(2)二重の手術 埋没法とは?

  瞼を開閉する筋肉と皮膚を糸でくっつけてしまう方法です。生まれつきの二重瞼の人と同じ体にしてしまうのですね。糸が瞼の中に埋没するから、そう呼ばれています。

4(3)二重の手術 切開法とは? 

瞼にメスを入れて、物理的に皺を作ります。

4(4)埋没法と切開法 どちらがいいの?

 一概には言えません。埋没法はメスを入れずに手術ができますし、料金も安い。それに糸を抜けばいつでも元通りになります。切開法は一度手術をしてしまうと、ほぼ永久にそのままです。

4(5)二重手術の料金は? 

 埋没法だと、税込みで八万四千円になります。この手術に保険は聞きません。

 切開法は、これに比べてすごく安く、二万弱のようです。和子(モンスターの主役)は埋没法を選択しました。

4(6)埋没法の手術の様子

  先生に「どれくらいの大きさの瞼にしますか」と聞かれたが判断がつかなかった。思い切って広い瞼にしようかと思ったが、逆に目立たないくらいのほうがいいような気もした。迷ったあげく、中くらいの大きさを選んだ。先生はそれをプリントアウトして、あらためて確認した。 

 それから手術室に入り、瞼に局部麻酔を打って手術台に寝た。手術中は目を開けることはできなかったが、医者と看護師の会話は耳に入った。麻酔のために瞼の感覚はなかったが、手術しているところを想像すると気持ちが悪くなって、腰の両側にあてている指を閉じたり開いたりして気をまぎらせた。途中「痛くないですか?」と聞かれたので、「大丈夫です」と答えた。すると、気分は楽になった。

 手術は十五分くらいで済んだ。あっけないくらい簡単な手術だった。メイクするよりも早い時間だった。

4(7)埋没法の手術後

  私は横山先生に渡された鏡の中の目を見た。鏡の中の美しい二重瞼の目が私を見返していた。これが私の目?私は声も出なかった。少し腫れてはいたが、全く気にならなかった。

「気に入りましたか?」横山先生はにこやかな顔で言った。

 気に入るなんてもんじゃない!こんな素晴らしい目が私の目になったなんて、信じられない思いだった。一瞬、鏡ではない違うものを見ているかのような錯覚を起こした。

「目も大きくなってるでしょう」

「はい!」

 たしかに目も大きくなっている。瞼が前よりも開きやすくなっている。ナイフで切ったような目が、ふっくらと開いて、美しい二重の皺ができていた。

「綺麗になりましたよ」

 看護師に声をかけられて、思わず涙がこぼれた。ティッシュをバックから取り出すよりも早く、看護師が脱脂綿で目を軽く押さえた。

「二、三日は腫れるかもしれません。一週間経っても腫れが引かないようでしたら、また来てください」

 私は横山先生と看護師に何度もお礼を言って手術室を出た。

 家に帰るまで、私は街にあるショーウインドウのガラスに映る自分の顔を何度も見た。こんな経験は一度もない。ガラスに映る目は、女優の目のように美しい二重だった。本当はじっくりと見たかったけど、人目があるからちらっと覗くしかできなかった。 

 新しいショーウインドウを見るたびに覗いた。もしかしたら魔法か何かをかけられていて、知らない間に解けているのかもしれないと思ったのだ。でもショーウインドウに映る私の目は変わらず二重のままだった。

 目を縦に大きくすることはできましたが、横に大きくしたい、和子はそう思って先生に相談します。

4(8)目頭切開法

  「目頭切開をやると大きくなりますよ。日本人は目頭のところに縦にひだができる。これを蒙古襞(もうこひだ)というのですが、アジア人特有の目です。欧米人には蒙古襞がないから、目頭にあるピンク色の結膜が見えています。目頭切開法では、蒙古襞の皮の部分を切除します。目頭切開法をやると、目頭が鋭角的になって、ぱっちり感が増します」

 横山先生はそう言いながら、パソコン上の画像の部分に線を書き込んだ。

 「このようにWの字を横にしたような形にレーザーメスを入れます。すると三角形の形に皮膚が二か所切除できます。切除した部分を縫い合わせれば、蒙古襞は消えます」

4(9)目頭切開法の料金は?

両目で十二万六千円になります。

4(10)目頭切開法の手術の様子

 二重瞼の手術よりもずっと複雑な手術で、一時間くらいはかかった。レーザーメスで皮膚を切っているが、局部麻酔をしているから感覚はまったくない。手術中、先生がいちいち今何をやっているかを説明してくれたから緊張感がほぐれたが、「皮膚を切除しました」と聞いた時は、それを想像して少し気持ちが悪くなった。 

4(11)目頭切開法の手術後

 手術が終わって、鏡を見せられた瞬間、思わず「えっ!」と声が出た。自分の目とは思えないほど大きな目が私を睨んでいたからだ。

 それに無様に開いていた両目の間が狭くなっている。

「目の間が狭くなったでしょう」

「はい」私は答えた。「すごく」

「目頭切開をすると、目が大きくなるし、目の瞬間が小さくなるし、いいことずくめです。私もしています。うちの看護師はみんなしていますよ」

「そうだったんですか」

 こんな簡単な手術で、こんな美しい目が手に入るのだから、しない方がおかしい。

 数日の間、手術の痕が腫れた。それに縫い合わせたところが引っ張られる感じがした。もともとあった皮を切除して縫い合わせたのだから当然だった。腫れている間、手術したところにガーゼを当てて工場に行ったが、誰も何も言わなかった。一週間後、抜歯する頃には、腫れもひいていた。初期の皮が引っ張られる感じも消えていた。

 鏡の中の目は自分の目ではないようだった。二十四年間、見慣れていた目はどこかに消えた。寂しい気持ちは微塵もなかった。ずっと嫌いだった自分の目にさよならできて嬉しかった。

4(12)目頭切開法とは?

 蒙古襞を取る手術をしてから、他の女性を見ても目頭に目がいくようになった。すると医者が言っていたように、ほとんどの女性に蒙古襞があった。もちろんはっきりとわかる女性もいれば、ほとんど目立たない女性もいる。けれど、たいていの女性が多かれ少なかれ蒙古襞を持っていた。 

 例外は女優やモデルだった。彼女たちに蒙古襞を持っている女性はほとんどいなかった。つまり彼女たちはほぼ全員、目頭切開法を行っているのだ。抜糸した時に、それを横山先生に言うと、彼は否定はしなかった。

「本来、混血でもない限り、日本女性の目頭には蒙古襞があるのは普通ですからね。その証拠に、小学校の卒業アルバムを見れば、ほぼ全員蒙古襞がありますよ」

 私は部屋で女優やモデルの写真を見ながら、声を上げて笑った。ずっと雲の上の人と思っていたタレントたちもみんな整形していたのだ。もちろん彼女たちは元からある程度は美しかったのだろう。でも、彼女たちの多くも蒙古襞を持って生まれてきたのだ。そしてそれを切り捨てて美しい目を手に入れたのだ。私と同じじゃないか!

4(14)目の大きさのバランスを整える 脂肪をとる

  私は、左右の目の大きさを変えたいと思った。右目が大きくて左目が小さい。このバランスを整えたら、もっと美しくなるはずだ。私は再びクリニックを訪れて、横山先生に相談した。

 「左右の瞼の上にある脂肪の量が原因ですね」 横山先生は言った。「それで、瞼の形も変わっているし、長年にわたって使っている瞼の筋肉の力も変わっています。私の見たところ、左目の瞼の皮の方が大きいですね」

「これは直らないのですか」

「そういうことはありません。まず、瞼の上の脂肪を取って、左右のバランスを同じにします。それから左目の瞼の皮を少し切除すれば、左右の目の大きさはほぼ同じになるでしょう。」

 私は聞いているだけで、うっとりしてきた。

 まるで夢を叶える魔法使いのおじさんと話しているようだ。

「あなたの場合は、涙袋も左右で大きさが違うのが、見た目の印象に大きく影響しています。これも左右同じに揃えると、非常に整ったバランスのいい目になります」

「それをお願いしたいと思います」

「脂肪を取る手術と、瞼の皮を切除する手術の二つをする必要がありますね」

4(15)目の大きさのバランスをとる 料金は?

 「全部で五十万円くらいはかかるでしょうか」

4(16)目の大きさのバランスをとる 手術の様子と手術後の様子

 両目の上瞼の脂肪を取って、左目の瞼の皮を切除し、バランスを整える手術をした。手術は一時間ほどで終わった。術後は両目とも腫れあがっていて、傷口が痛々しかった。手術がうまくいったのかどうかはわからなかった。

「まだ傷口を縫っている糸が残っています。一週間ほどして腫れが引いたら抜糸しましょう。それでも腫れはしばらく続くでしょう」

「どれくらいですか」

「短い方で一か月、長い方で三か月くらいです。ただ完全に落ち着くまでに、半年はかかります」

しかし横山先生が言うよりも早く腫れがひいた。

 二か月もすると、腫れはすっかり引き、目は自然な感じになった。左右の目は以前と比べてかなり同じ大きさと形に近づいた。もちろんまだバランスはおかしかったが、私は十分満足だった。鏡に映る目だけを見ると、もう醜い女の目ではなかった。

5:鼻を直す

 あぐらをかいた団子鼻、しかもブルドックのように上をむいた鼻の穴、無様に伸びた鼻の下。私はこれらも直してやろうと決めた。私の話を聞いた横山先生は「一口に鼻の手術と言っても、何種類もあります」と言った。

5(1)鼻を高くする(鼻の根元)

 「鼻の根元と先で手術費用や方法は違います。根元の場合はヒアルロン酸を注射すればすぐにでも効果はあります。ヒアルロン酸とは、グリコサミノグリカンというムコ多糖の一種で、ゼリー状の物質です。もともと人体の中にある物質ですから、毒ではありません。ただし、隆鼻術に使うヒアルロン酸にはアクリルの人工物が入っています。これは体内に入ると硬くなりますから、鼻根部に入って固まるとちょうどいい具合になります」

5(2)鼻を高くする(鼻の根元)費用は?

五万円です。

5(3)鼻を高くする(鼻先)

 「鼻先を高くする場合は、プロテーゼを入れる手術になります。プロテーゼとは人工軟骨です。シリコン樹脂でできています。それを鼻の穴から入れます。ですから、手術痕は外からは見えません。プロテーゼはエックス線写真を撮ってから、鼻骨に合わせて作ります。それをはめ込むわけですから。どんな形の鼻でも可能です」

5(4)鼻を高くする(鼻先)費用は?

プロテーゼ手術は三十万円です。

5(5)鼻を高くする 手術の様子

 鼻の部分のエックス線写真を撮った。鼻の骨に合わせてシリコンでプロテーゼを作るのだという。これをいい加減に作ってしまうと、鼻の形が歪んだりずれたりしてしまうらしい。高い手術代にはこれらの料金も含まれているのだ。

 一週間後、手術をした。

 手術中は目を開けることができたので、妙な感じだった。目の前でメスを持った先生の手が動いているのが見えた。時々先生と目が合った。看護師が頻繁にガーゼで拭った。おそらく血が流れているのだろう。手術は三十分ほどで終わった。

5(6)鼻を高くする 手術後の様子

 手術直後は鼻全体がテーピングされていて、自分でもどんな鼻になったのか見えなかった。横山先生の言うには、鼻を保護するためにアルミの板で覆って、その上にテーピングをしているということだ。腫れはしばらく続くらしい。

 その日は仕事を休んだが、翌日からはそのまま仕事に出た。一週間後、腫れが引いて抜糸した。鏡を見せられた瞬間、私は絶句した。そして次に「うそ」と呟いていた。

6:エステティックライン

「人間の顔は一つ一つのパーツも重要ですが、それよりも重要なのは全体のバランスです。たとえばあなたは鼻を直したいと言いますが、実は鼻と口は非常に密接な関係があるのです。」 

「人間の横顔に、鼻の先端から顎の先端に直線を引きます。このライン上に唇が接しているのが最も美しいとされています。鼻と唇と顎が綺麗に一直線に並ぶのを、エステティックライン、Eラインと呼びます。でも、ハリウッドの美人女優、たとえばエリザベス・テイラーなどはエステティックラインよりも唇が内側にあります。これはハリウッドラインと言って、理想の上を行く最上級ラインです」

 私はその響きを聞いているだけでうっとりしてきた。私は思い切って言った。

「先生、私の鼻をハリウッドラインにしていただけますか?」

横山先生は私の目を見つめて言った。

「それは難しいです」

「どうしてですか?」

「あなたの場合、鼻が低いこともありますが、口が前に出すぎています。Eラインは鼻、唇、顎の先端が一直線で結ばれるラインですが、ほとんどの日本人はあなたのように、そのラインから口が出ています。これはモンキーラインと呼ばれています」

 私は顔が赤くなるのがわかった。何というひどいネーミング。頭の中に教科書で見た類人猿の横顔が浮かんだ。私の顔は簡単に言うと、原始人の顔なのだ。

6(1)エスティックラインを作るには

 「単に鼻を高くするだけではだめなんです。口がへこんでいることも大事ですが、もう一つ顎が高くつきだしていなければいけません。あなたの場合、顎が極端に小さいために、余計に口が飛び出ている印象が強くなります。そういう顔はバードフェイスと呼びます。あなたを完全なエステティックラインにしようと思えば、鼻と顎を高くすると理論的にはそうなります。しかしそれではあまりにも不自然な顔になります」

「じゃあ、口を引っ込めればいいのですね」

「理論的にはそうなります。しかし、簡単な手術ではありません。骨を削らなければなりませんし、歯も全部抜いて差し歯にする必要があるでしょう。これは大手術です」

6(2)エステティックライン 料金は?

「今言った手術を全部するとしたら、五百万円は必要です」

 和子は五百万円が手元にありません。そこで、インプラント手術から始めます。インプラント手術がいくらするのかは、「モンスター」には書いてありません。

7:歯のインプラント手術

 まず、横山クリニックで紹介してもらった美容歯科医院で、インプラントの手術を受けた。医者は歯茎に何本も麻酔の注射を打ち、ペンチで一本一本抜き取っていったが、私の歯は丈夫にできているらしく、医者はひどく苦労していた。何度かペンチがすべって口の中でぶつかった。よほど力を入れたのか、時々、歯が折れる音もした。麻酔をしていたので痛みを感じることはなかったが、歯が折れる音を聞くのはぞっとした。一本抜かれるたびに、体を起こして口をゆすいだが、口の中からすごい量の血が出てきた。多分歯茎の部分もずたずたになっているに違いない。

 一時間以上かかって上の前歯を全部抜くと、今度はドリルで骨にインプラントを埋める穴を開けた。ドリルの振動が頭の中全体に響いた。その穴にチタンのネジを埋め込んでいく。そこにセラミックの歯をはめていくのだ。

 手術は三時間くらいはかかったろうか。その日の手術は上の歯だけだった。時間がかかりすぎる上に、一度に上下を手術すると、さすがに口への負担が大きいということだった。それで下の歯は後日ということになった。 

7(1)歯のインプラント手術 手術後

  医者の差し出した鏡に映る自分の口を見た時、あっと思った。突き出た歯はなくなり、以前は出っ歯のためにめくれあがっていた上唇は歯の上にかぶさっていた。その下から、白い形のいい前歯が顔を覗かせた。

 精算を済ますとトイレに入り、鏡を見た。医者の手鏡では口元しか映らなかったからだ。初めて顔全体を見たとき、一瞬、鏡が歪んでいるのかと思った。口元の感じが見慣れているのと全然違っていたからだ。私は実際に顔を触ってみた。ガラスが歪んでいないのを確かめてもう一度ゆっくり顔を見た。口全体はまだ前に出ていたが、歯がへこんだことによってその印象は大きく薄らいでいた。口元から覗く形のいい白い歯がすてきだった。

 口元に手をやった。長い間覚えている感覚とは全然違う感触が指先を通して伝わった。私は口を開いた。白い差し歯が見えた。前に飛び出すこともなく、整然と並んでいた。夢にまで見た美しく揃った歯だ。喜びがじわじわとこみ上げてくるのがわかった。

8:顎の手術

 「この手術は、専門の歯科医を交えた手術となります。これまでやってきたような目や鼻の手術とは比較にならないくらいの大きな手術です。口を引っ込めるためには、余分な顎の骨を切除することになりますから、上顎も下顎も、一時的に完全に切り取って外すことになります。前にも申し上げましたが、その際、上下とも歯を二本ずつ抜きます。もっともあなたの場合はインプラントを抜くわけになりますが」

 「手術には最前を尽くして十分な注意を払いますが、それでも完全な保証はできません。顎の骨を一時的に切り離すわけですから、神経を傷つけてしまう可能性があります。神経が切れると、口元の感覚が失われます。全くではありません。切り取るのはあくまでも顎の骨だけですから。皮膚や筋肉組織は切りません。しかし、骨を切除する際、どうしても筋肉組織にもメスが入ります。その際、神経の一部が切れてしまう可能性もあります」

 「手術前に一筆書いていただくことになります」

8(1)顎の手術 手術の様子

   この手術のために全身麻酔を施された。これまで一度も経験したことのない大手術だ。時間も数時間を費やした。

8(2)顎の手術 手術後

 麻酔から覚めると、顎には、金属製の大きなギブスのようなものが嵌められていた。これはあらかじめ聞いていたことだから別に驚きはしなかった。顎の骨が完全にくっつくまで、動かないように固定されているのだ。その間、奥歯の隙間から柔らかい小さなものを入れて食べることになる。

「あまり食べることができないから、十キロくらい痩せると思いますよ」

 私は「はい」と言おうとしたが、顎が固定されているので、うまくしゃべれなかった。

「六週間は固定します。顎を自由に動かすことができるようになったら、歯の矯正を始めます」

 私は黙ってうなずいた。

 六週間の間、私は何もすることがなく、ただ部屋で一日中ごろごろしていた。顎はずきずきと痛んだ。痛み止めの薬をもらっていたが、鈍痛は四六時中あった。

 食事はお粥のようなものを作って、それを細いストローのようなもので、奥歯の隙間から口の中に入れる。もちろん噛むことはできない。舌を使って飲み込むだけだ。一時間くらいかかっても、お茶碗一杯分のお粥が食べられなかった。横山先生が、「十キロくらい痩せる」と言ったのは本当だと実感した。

 六週間後に横山クリニックで顎を固定しているギプスを外してもらった。私は久しぶりに自由になった顎を動かそうと大きく口を開けたーが、口は動かなかった。

 横山先生は鏡を見せてくれた。鏡を見たときの気持ちをどう言えばいいのだろうか。人生であれほどの衝撃を受けたことはない。初めて二重瞼の手術をしたときの比ではなかった。

 後になってから、横山先生に「しばらく呆然としていたよ」と言われた。私は数分以上沈黙してから、ようやく「これ、私ですか」と言ったということだが、その記憶さえまるでない。

 「横顔をご覧なさい」

横山先生は小さな三面鏡の前に私を座らせた。鏡の中に横顔が見えた。鼻の頂から唇、それに顎の先端のラインがきれいな直線になっているのがわかった。夢にまで見たEラインーエステティックラインだ。プロテーゼが入った顎はわずかにしゃくれたようにとがっていた。

9:完成形

 これまで見た女の中で一番の美人かもしれないとぼんやり思った。女は膝まであるロングブーツを履いていた。帽子の下から覗く軽いウェーブのかかった長い髪の毛が、歩くたびに揺れた。

 改札にいた若い駅員はキップを受け取るとき、思わず彼女に見とれてしまった。女は彼と目が合うと少しほほえんだ。彼は女の大きな黒目を見たとき、吸い込まれそうになる気がした。こんな目をしたのは初めてだった。

 女が改札を通り過ぎるのを見ながら、駅員は、ああ畜生、と思った。「こんにちは」の一言でよかった、もしかしたら会話が弾んだかもしれない。あんな女を恋人にできたら、仲間に思い切り自慢できるのになあ。ああ畜生、と駅員はもう一度心の中でつぶやいた。

 売店にいた女店員は、女が売り場の前に立っていたので、あくびをしかけたのを慌ててやめた。いつもなら客の前でも平気だったが、思わず口を閉じたのは、きれいな女の前で無様な顔はできないと思ったからだ。

 女はガムを受け取るときに、ありがとう、と言った女の口元から白く美しく並んだ歯が覗いた。店員は自分の悪い歯並びを隠すように、あまり口を開けずに、ありがとうございましたと言った。

 去っていく女の後ろ姿を見ながら、店員は、あんな美人に生まれたかったなあと心の中でため息をついた。それなら、自分の人生は全然違ったものになったかもしれない。

10:最後に

 最後の整形手術を終えた後の、和子と横山先生とのやりとりです。この横山先生の整形に対しての考えはなかなか深いです。

「先生、ありがとうございます。みなさん、ありがとうございます」

 そう言った途端、涙が溢れてきた。止めようとしても無理だった。両手で目を覆うと、喉の奥からかすかに嗚咽が漏れた。

「よく頑張ったよ」

 横山先生は私の肩に優しく手を置いて言った。私は声を上げて泣いた。恥ずかしくてたまらなかったが、涙も声もおさえることができなかった。

「おかしいでしょう。こんな患者さんは他にいないでしょう」

「いいえ」と一人の看護師は言った。「感激して泣かれる方はいますよ」

 私は大きく首を振った。

「私ほど感激する患者さんはいないと思います。私は、本当に醜い顔をしていたから。先生は初めてここに来た時の私の顔を知ってらっしゃいますよね。私は、この顔のせいで、これまでの人生で辛いことばかりだったんです」

 先生は私の話を黙って聞いていた。

「それがここまで綺麗な顔にしていただいて」

 また、涙が溢れてきた。

「この美しさはあなたが勝ち取ったものです。私は手助けしただけです。あなたがこれまで手術に費やした額は決して小さなものではありません。おそらくー」

 横山先生は静かに言った。

「すごく苦労なさったんだと思います」

 私は泣きながら首を振った。この金を貯めるための苦労など、これまでの人生で味わった辛さに比べたら何ほどのことではない。でも、それを言っても誰にもわかってもらえないだろう。

「あなたの美しさには価値があります」

 横山先生は言った。

「でも、周囲の人には本当の美しさではないと言われました」

「馬鹿な!」

 横山先生は言った。

「美容整形をしていて、こんなことを言うのは何だが、私は美しさなど所詮皮一枚のことだと思っています。そんなことで女性が幸せになったり不幸になったりするのは馬鹿馬鹿しい。私はこの世の中の女性を全部美しくしたい。そうすれば、もう美人などという価値もなくなる」

 先生はそう言って笑って見せた。

「それに私は生まれついて美しい女性よりも、あなたの美しさの方がずっと素晴らしいと思う。美しく生まれてきた女性が一体どんな努力をしたというのですか。彼女たちはただ美しく生まれただけです。金持ちの家に生まれた子供のように、また貴族の家に生まれた子供のように、オギャアと生まれた時にそれを与えられていただけです。勉学やスポーツのように、たゆまぬ努力によって手に入れたものではありません。彼女たちは何の苦労も努力もなく、生まれながらに持っているものだけで、ただただ幸運な人生を送っています。しかし、あなたは違う。自分の力で美しさを勝ち取った。同じ皮一枚でもあなたの方がずっと素晴らしいというのはそういうことです」

 その言葉は本当に嬉しかった。