1887年生まれの哲学者.。京大で西田幾太郎に学んだあと、ドイツに留学する。1930年、治安維持法違反で投獄される。その後活発な著作活動に入るが、再び検挙され、敗戦直後獄死。
なんと壮絶な人生でしょう。
「人間の本性は嫉妬である」と昔読んだことがあります。嫉妬心をなくすことなどできない。しかし、なくせないからといって放置しておくと、嫉妬の炎で自身が黒焦げになってしまう。嫉妬心を自覚しつつほどよく焼くのがよし。こんな感じでした。それを読んだときも、そして今もその通りだと思います。だから、こういう人生論の本を手に取ると、真っ先に「嫉妬」のページを開きます。
三木さんは、こう言います。
嫉妬とは自分よりも高い地位にある者、自分よりも幸福な状態にある者に対して起きる。だが、その差異が絶対的でなく、自分も彼のようになり得ると考えられることが必要である。全く異質的でなく、共通なものがなければならぬ。
その通りです。自分と全く次元が違う人には嫉妬しませんからね。
しかも、嫉妬は、嫉妬される者の位置に自分を高めようとすることなく、むしろ彼を自分の位置に低めようとするのが普通である。
談志も同じようなことを言っています。
続けます。
功名心や競争心はしばしば嫉妬と間違えられる。しかし両者の差異は明瞭である。先ず功名心や競争心は公共的な場所を知っているに反し、嫉妬はそれを知らない。嫉妬とはすべての公事を私事として考える。
男女間のことではなく、ライバルとの関係性についてです。公事と私事、少し難しい。ぼんやりとわかるくらいです。
では、嫉妬心をなくすためにはどうしたらいいのでしょう。冒頭では、嫉妬はなくせない、とわたしは書きましたが。
嫉妬心をなくすためには自信をもてとよく言われる。だが、自信は如何にして生ずるのであるか。自分で物を作ることによって。嫉妬からは何物も作らない。人間は物を作ることによって自己を作り、かくて個性になる。個性的な人間ほど嫉妬的ではない。
「物を作る」ということは、「何かをやる」と置き換えてもいいのかな、と思います。何かを作ることが自信、そして個性へと繋がっていくのだ、と。「個性的な人間ほど嫉妬的ではない」これ、いいなあ。いい言葉だ。そのとおりだ。
最後です。
他人の幸福を嫉妬する者は、幸福を成功と同じに見ている場合が多い。幸福は各人のもの、人格的な、性質的なものであるが、成功は一般的なもの、量的に考えられえるものである。だから成功は、その本性上、他人の嫉妬を伴い易い。
成功は他者との比較、幸福は自分のみ、こういうことでしょうか。個性と幸福は似ています。