9月23日に公開される映画『ナミヤ雑貨店の奇蹟』の原作をもう一度読んでみた
大好きな作家の一人です。よく読みます。わたしは『白夜行』『手紙』『さまよう刃』などが好きです。もちろん、この『ナミヤ雑貨店の奇蹟』も大好きです。
複数の章がラストに向けて融合していく
よくこんな話を考えつくなあ、というのが感想です。『ナミヤ雑貨店の奇蹟』は、幾つかの章にわかれているのですが、どの章も単独で読ませることができる魅力にあふれています。読み進めるごとに、その章ごとのつながりが強くなっていきます。ラストに近づくにつれて、すべての章が回転しながら融合して一つの玉となっていくそんな感じです。その玉の美しいこと。
情景描写がまるでなし
情景描写がほとんどないのです。最近「いろいろな作家さんの季節の描写を拾っていく」という暗い作業にはまっていて、そういう描写に付箋をはりながら本を読んでいます。
たとえば、これは、太宰治の『斜陽』にあった秋の描写です。
いつか、西片町のおうちの奥庭で、秋のはじめの月のいい夜であったが、私はお母さまと二人でお池の端のあずまやで、お月見をして、狐の嫁入りと舅の嫁入りとは、お嫁のお支度がどう違うか、など笑いながら話し合っているうちに、お母さまは、つとお立ちになってあずまやの傍の萩の白い間から、もっとあざやかに白いお顔をお出しになって、少し笑って、「かず子や、お母さまがいま何をなさっているか、あててごらん」とおっしゃって…
長い!一文を短くってよく言うでしょう。長い!まあ、こういう季節の表現を拾っているのですが、この『ナミヤ雑貨店の奇跡』を読み終わったあと、付箋を見たらほとんどありませんでした。
強いてあげると、自然の描写は、
貴之が狭いシビックの中で目を覚ました時、周囲はまだ薄暗かった。少し、空が明るくなってきた。『ナミヤ雑貨店』の前に着いた時には、看板の文字が読めるようになっていた。
受話器を戻し、一旦電話ボックスを出た。空を見上げると、日が少し傾き始めている。
これくらいです。
一文もすごく短いです。こんな感じです。
公園のそばで路上駐車していた。背もたれを元に戻し、車を降りた。公園のトイレで用を足し、顔を洗った。子供の頃に、よく遊んだ公園だ。車に戻り、エンジンをかけた。ヘッドライトをつけ、ゆっくりと発進する。ここから家までは、距離にして数百メートルだ。
こねくりまわしてもったいつけた表現は一切ありません。スパンスパンとリズムよく読ませます。先の太宰治とくらべてください。すごく読みやすいです。あ、太宰治は偉大な作家です。
心に響くセリフは山ほどあり
でも、心に響く言葉は山のようにあります。わたしのお気に入りの言葉を紹介します。といっても、いきなりだと伝わらないので少し説明させてください。
魚屋を営む実家の両親に黙って音楽活動に没頭し、とうとう大学をやめた克郎。怒り心頭で上京した両親(特に父親)に対し、自分の決意の強さを徹夜で訴えます。寂しそうに帰る両親。その背中を見送りながら、がんばるぞ!と気合いを入れ直し精力的に音楽活動に取り組みます。しかし、世の中そんなに甘くなく、自分の才能のなさを感じ諦めてかけていた頃、実家の父親が倒れたという知らせが届きます。ベッドに横たわる父親に対し、「実家の魚屋を継ぐよ」と言ったところ…
「三年前、あんなにえらそうなことをいっておいて、結局はそんなことか。はっきりといっておくが、俺はお前に店を継がせる気はない。どうしても魚屋をやりたいっていうんなら話は別だ。だけど今のお前はそうじゃない。そんな気持ちで継いだって、ろくな魚屋になれねえよ。何年か経ったら、やっぱり音楽をやってりゃよかったって、うじうじ考えるに決まってるんだ。俺にはわかる。で、その時になって、親父が病気で倒れたもんだから仕方なく継いだんだとか、家のために犠牲になったんだとか、いろいろと自分にいい訳するんだよ。何一つ責任を取らないで、全部人のせいにするんだ。どうだ、いい返せないだろ。何か文句があるならいってみろ。そういう立派なことは、何か一つでも成し遂げてからいうんだな。おまえ、音楽を続けてきて、何かモノにしたか?してねえだろ?親の言葉を無視してまで一つのことに打ち込もうと決めたなら、それだけのものを残せっていうんだ。それもできない人間に、魚屋ならやれそうだと思われたら、まったく失礼な話だ。
おい、克郎、よく聞け、おまえの世話にならなきゃいけないほど、俺も『魚松』もヤワじゃない。だから余計なことは考えず、もういっぺん命がけでやってみろ。東京で戦ってこい。その結果、負け戦なら負け戦でいい。自分の足跡ってものを残してこい。それができないうちは帰ってくるな、わかったな」
さっきの自然描写の淡白さに比べて、この熱く長いセリフときたら。このセリフ、きっと映画でも使われます。この青年、このあときっちり足跡を残します。予想もつかない形で。
映画もきっとおもしろい
これくらいなら大したことないって思われたあなた。この作品の凄いところは、さっきも書きましたが、一つ一つの章がうなりを上げて絡まり合い、回転し、どろどろになり、最終的に一つの美しい玉が完成するさまです。その過程はわたしの筆力ではとても伝えられません。読む価値ありですよ。きっと映画もおもしろいです。