読書生活 

本もときどき読みます

夕方の表現。夕方の表現を小説から拾いました。

 芥川龍之介や島崎藤村らが実際に小説で使った夕方の表現を集めました。随時更新していきます。

芥川龍之介

鴉が何羽と鳴く輪を描いて、高い鴟尾(しび)のまわりを啼きながら、飛びまわっている。殊に門の上の空が、夕焼けであかくなる時には、それが胡麻をまいたようにはっきり見えた。

夕闇は次第に空を低くして、見上げると、門の屋根が、斜につき出した甍(いらか)の先に、重たくうす暗い雲を支えている『羅生門』

浅田次郎

いつしか風は已み、西陽があかあかと行手の山道を照らしていた。『椿寺』

小川洋子

日が暮れてしまうには間があるはずだったが、いつの間にか雲が厚みを増し、中庭は夕闇と西日が入り混じって、薄紫色のセロファンに包まれたようだった。『博士の愛した数式』

大岡昇平

空は夕焼して赤い色が天頂を越え、東の方中央山脈の群峰を雑色に染めていた。地上はは草のあわいまでも紫の影に満ち、陽の熱の名残と、土と、水蒸気とから生まれる、甘ずっぱい匂いがあたりに漂っていた。遥か川向うの丘の上には、芋虫が立ち上がったような巻雲が夥しく並んで、これも真紅に染まっていた。『野火』

梶井基次郎

 午前は雪に被われ陽に輝いた姿が丹沢山の上に見えていた。夕方になって陽が彼方へ傾くと、富士も丹沢山も一様の影絵を、茜の空に写すのであった。『路上』

美しい夕焼雲が空を流れていた。日を失った街上には早や夕暗が迫っていた。電車の窓からは美しい木洩れ日が見えた。夕焼雲がだんだん死灰に変じて行った。『雪後』

北村薫 

日は急ぎ足でなだらかな山の稜線のかげに沈み、夕闇が降りてくる。そして、山の向こうだけが、まるで神様のいる別世界のように明るく輝いた。空気は落日と共に、いっそう冷え冷えと私の体を包む。『六月の花嫁』 

重松清

夕暮れが早くなった。病院に行く途中で橋から眺める街は、炎が燃えたつような色から、もっと暗い赤に変わった。最初の頃は帰りのバスを降りるときに広がっていた星空が、いまはバスの中から眺められる。病院の前で帰りのバスを待つとき、いまはまだかろうじて西の空に夕陽が残っているが、あとしばらくすれば、それも見えなくなってしまうだろう。『バスに乗って』 

司馬遼太郎

夕暮になると遠山がかすむせいか、濃尾平野は哀しいばかりに広くなる。この国は森と流れが多い。村に尾張独特の淡く紅いもやがこめはじめ、旅人たちの足は散るように早くなる。『新史太閤記(上)』

すでに、あたりは黄昏はじめ、東の空に宵の月がかかっている。『国盗り物語 第三巻』

なだらかな丘陵と、松林、竹藪、といった古歌の情景のままの嵯峨野の風景がひらけ、庄九郎の眼の前の里には夕餉の炊煙があがり、都のむこうに夕月がかかっている。

『国盗り物語 第二巻』

残照ののこった空に、一番星が出ている。山桃の下で馬に乗り、庄九郎は庵のそばの坂を駆け下りた。『国盗り物語 第二巻』

島崎藤村 

町々の軒は秋雨上がりの後の夕日に輝いて、人々が濡れた道路に群がっていた。『破戒』

町の空は灰色の水蒸気に包まれて、僅に西の一方に黄な光が深く輝いている。いつもより早く日は暮れるらしい。にわかに道も薄暗くなった。南の空には星一つ顕れた。その青々とした美しい姿は、一層夕暮の眺望を森厳にして見せる。山上の日没も美しく丑松の眼に映った。次第に薄くれていく夕暮の反射を受けて、山の色も幾度か変わったのである。赤は紫に。紫は灰色に。終には野も岡も暮れ、影は暗く谷から拡がって、最後の日の光は山の頂にばかり輝くようになった。丁度天空の一角にあたって、黄ばんで燃える灰色の雲のようなは、浅間の煙の靡(なび)いたのであろう。『破戒』

太宰治

馬場の蒼黒い顔には弱い西日がぽっと明るくさしていて、夕靄(ゆうもや)がもやもやけむってふたりのからだのまわりを包み、なんだかおかしな、狐狸のにおいのする風景であった。『ダス・ゲマイホ』

夕焼の空は綺麗です。そうして夕靄は、ピンク色。夕日の光が靄の中に溶けて、にじんで、そのために靄がこんなに、やわらかいピンク色になったのでしょう。『女生徒』

斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人がいるのだ。『走れメロス』

谷崎潤一郎

まだ日の長い暑い時分のことだったので、すっかり障子を開け放してある両側の窓から、夕日がぎらぎらとさし込んでいる、そのほの紅い光を背に浴びせながら、白いジョオゼットの上衣を着て、紺のサージのスカアトを穿いて、部屋と部屋との間仕切りの所に立っているのが、云うまでもなくシュレムスカヤ夫人でした。『痴人の愛』

角田光代

「バイバーイ」薫がふりかえって手をふると、夕焼けで頬を橙色に照らした子どもたちが、しゃがんだまま両手をふる。バイバーイ。幼い声が背後で聞こえる。『八日目の蝉』

梨木香歩

やがて日がだんだんに傾いてくる。木々の重なりを貫いて射してくる落陽は、次第に黄金の濃さを増してくる。突然開けたところへ出たと思ったら、野は一面、赤茶に近いような濃い金色に染め上げられていた。役所のたてた植林計画とかで、雑木を切り捨てた跡だろう。夕暮れの冷たい匂いと共に、木の香がまだ漂っている。『家守綺譚』

陽は山向こうに落ちつつあり、しろがねの月が昇り、どこからか薪をくべる煙の匂いが漂ってくる。『冬虫夏草』

遠く、山間を抜ける記者の警笛が響く。正面の山から、夕靄が垂れ込めてくる。『冬虫夏草』

振り返れば西の方角から空はすでに夕焼けが始まり、あちこちに闇が潜み始めていた。『冬虫夏草』

夏目漱石 

空の色が段々変わってくる。ただ単調に澄んでいたものの中に、色が幾通りも出来てきた。透き徹る藍の地が消える様に次第に薄くなる。その上に白い雲が鈍く重なりかかる。重なったものが溶けて流れ出す。何処で地が尽きて、何処で雲が始まるか分からないほどに物憂い上を、心持黄な色がふうと一面にかかっている。『三四郎』

うるわしい空の色がそのとき次第に光を失って来た。目の前にある樹は大概楓であったが、その枝に滴るように吹いた軽い緑の若葉が、段々暗くなって行く様に思われた。『こころ』

藤沢周平

晩春の日が落ちるらしく、丸窓の障子を濃い日のいろが染めていた。『密謀(下)』

日のいろは、わずかの間にあざやかな朱のいろに変わっていた。日暮れが近づいているのだ。利家はその朱いいろをじっと見つめた。『密謀(下)』

兼続は青竹の先を、背後の丘のつらなりにむけた。日は西空に回って、まるい丘の頂がやや暗い輝きを帯びて重なり合っている。遠い丘のひとところが白く光るのは、そこに風が通って木の葉がひるがえるのだろう。『密謀(下)』

松の影が草原を這って、長く東にのび、草の上の武将たちはいるの間にか、射して来る日の光のただ中にいたが、草いきれをともなう暑さはおさまっていた。日は遠い丘の頂きに接近していて、日射しは赤味を帯び、丘の上に涼しい夕風が通り始めている。『密謀(下)』

昼の日射しは、兼続の一軍がひそむ山腹を灼きつくすようにまだ荒々しいが、日が暮れると天地はにわかに冷える。山を吹き抜けるのは秋風だった。詩人でもある兼続は、迫り来る暮色のなかに、ふと山野の秋を感じる。『密謀(下)』

三島由紀夫

早い夕食のあと、夫人はもう眠たがりだしたので、二人は夫人を置いて散歩に出た。夕かげの中で草の匂いが高く香った。『永すぎた春』 

それは初夏の薄暮の、果実が徐々に熟れてゆくような豊醇な時刻であった。『女神』

日はしかしほとんど傾いていた。向こう側のビルは、早くも夕方のひんやりとした影に包まれ、飾窓の中はほの暗かった。『女神』

水上勉

夕暮れであるから、武庫川をへだてた向い山には、温泉宿の湯けむりがたなびき、その峰の背中へ、陽が落ちかかる。空はうすあかね色に染まって、花は間近では、楓のみどりに浮いてみえたが、空を仰げば、まるでこれは朱に白錦をうかせたようであった。『櫻守』

しゃべりつかれて気がつくと、陽は向い山の背に沈んでいる。空もなすび色に変わった。『櫻守』

湊かなえ

線香花火の火芯が小さくなりながらもわずかな火花をとばしてねばり続けるように、太陽もいつもより長く山の稜線にとどまってくれていたように感じたが、県道をしばらく走った頃には池上さんも車のライトをつけた。『豆の上で眠る』

山崎豊子

列車が金沢へ近付くにつれ、雪が深くなり、窓外に白山連峰の山々が、白雪におおわれながら重畳と聳えたち、美しい威容を見せていた。

佃と安西は、スチームに曇った窓ガラスを拭い、窓際へ体を寄せて、冬山の清々しい容(すがた)に見とれていた。北国の冬の日は短く、まだ、四時前というのに、山間はもう陰になり、夕陽を受けた峰には夕焼が漂いはじめ、頂の雪が淡い茜色に照り映えていた。

すっかり暮れた庭先に、凍りつくような雪が白々と雪明かりのように輝き、夜の暗みの中に深々と沈んで行くような静けさが張り詰めていた。『白い巨塔』

山本有三

まっさきに見えたものは、火ぶくれのあとのような、てらてらした、白っぽい皮膚の色だった。しかし、それは暮れかかった西の空が、ちょっぴり、目にはいったのだった。『路傍の石』

いつのまにか、西のほうの林がだんだん黒ずんで行って、こずえと空のさかいが、くっきりしてきた。あかるい空を大きな鳥が一わ、北のほうへ飛んでいった。『路傍の石』

吉村昭

樹林をくぐりぬけると、山路に出た。あたりに西日があふれ、海も輝いている。小さな岬の上に数羽の鳥が舞っているのが見えた。『破船』

峯々は、西日を受けて輝いているが、ひときわ高く屹立した峯の頂き付近に、染料をしたたり落としたような淡い朱の色が見える。二日つづきの雨で霧が立ちこめ、峯を望むことはできなかったが、その間に峯の樹葉は色づきはじめていたのだろう。『破船』

岩のむき出しになった傾斜の所々に、すすきの穂がゆれている。日が山あいに沈みかけていて、村の半ばは暗くなっていた。『破船』

空にひろがっていた朱の色が薄れ、海が黒ずみはじめている。『破船』

虹の色は徐々に濃くなり、夕空が華やいだ。夕方の虹は好ましい前兆で、殊に初夏の虹はさんまの豊漁を意味する。『破船』

村の背後に迫る山々の雪が、紫色をおび、やがて夕色につつまれた。浜で焚かれる火のひらめきが、急に輝きをおびはじめ、村は闇の中に沈んでいった。『破船』

華やかな夕焼けが、西の空を彩った。茜色の積乱雲がつらなる峰のようにそそり立ち、やがて下方から徐々に紫色にかげっていった。『他人の城』

目覚めたかれは、空が夕焼けの色に染まっているのを見た。かれは体を起こし、河原を見渡した。人の気配はなく、西の空を鳥が群れをなして渡っているのが見えた。『島抜け』

夕映えがいつの間にかその光を薄れさせ、しばらくすると夕闇の気配が、急にひろがりはじめた。『鳩』

陽光が西にかたむき、沖に林立する雲が茜色にそまりはじめた。『蘭鋳』

夕闇が、急速に落ちてきた。渓流の岩にあたる飛沫がほの白く見えるだけで、両側の樹林には濃い闇がひろがっている。『羆』

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