読書生活 

本もときどき読みます

冬の表現。小説で使われている冬の表現を集めました。

   雪や寒さ、霜などの冬の表現を、実際の小説から拾いました。随時更新していきます。

浅田次郎

一時限が始まるとすぐに、鈍色の空が崩れるような雪になった。お不動様の裏山は、すでに木々が撓むほど雪を冠っている。吹き荒れる空のきわみに、ときどき銀の皿を置いたような太陽が見え隠れしていた。

タイヤチェーンの音が聴こえる。雪は山肌や家々の屋根ばかりではなく、駅頭を真白に被ってしまった。『告白』 

寒い朝である。枯田には真白な霜が降りていた。『椿寺まで』

井上靖

いつも雪はしんしんと降っていた。昨日とは違って大粒の雪がこやみなく、いかにも重たそうに落ちていた。空は幾らか曇っていて、急に冬らしくなった薄ら陽が鋪道の飢えに散っている。『氷壁』

街は歳暮のにぎわいを見せているが、ひところのクリスマスまでの気狂いじみた混雑さはなかった。魚津はクリスマスが終わってから正月までの短い期間の、なんとなく憑物が落ちたような表情をしている師走の街が好きだった。『氷壁』

遠藤周作

夕暮れの鉛色の空を茫然と見た。また外で、焼き芋屋の声が聞こえる。『深い河』

梶井基次郎

青空が広く、葉は落ち尽くし、鈴懸が木に褐色の実を乾かした。『雪後』

季節は冬至に間もなかった。喬の窓からは、地盤の低い家々の庭や門辺に立っている木々の葉が、一日ごとに剥がれてゆく様が見えた。ごんごん胡麻は老婆の蓬髪のようになってしまい、霜に美しく灼けた桜の最後の葉がなくなり、欅が風にかさかさ身を震わすごとに隠れていた風景の部分が現れてきた。『冬の日』

佐藤多佳子

冬枯れの木立の梢越しに白いのっぺりした曇り空が見えた。強い風が枝をわらわらと揺らしている。カラスが鳴きながら飛んでいく。冷たい空気を山盛り吸い込んで、胸がきりきりと痛かった。『一瞬の風になれ 2』 

司馬遼太郎

杉戸をあけて濡れ縁に出た濃姫の目に、真っ青な空が広がった。ひたひたと濃姫は濡れ縁をわたってゆく。濡れ縁を踏む足のつめたさが、むしろ快いほどに暖かな冬晴れなのである。『国盗り物語 3』

冬が、存外、早く来た。その夜から、とめどもなく雪がふりはじめたのである。『峠 上』

太宰治 

十月末になると、山の紅葉も黒ずんで、汚くなり、とたんに一夜あらしがあって、みるみる山は、真黒い冬木立に化してしまった。『富嶽百景』

藤沢周平

空は晴れて、初冬にはめずらしいやわらかな日射しが、山麓の村に降りそそいでいる。『密謀(下)』

もう幾度か雪やみぞれが降って葉が落ち着くした山々は、山肌に雪をこびりつかせたままおし黙ってつらなり、その間を流れる川の音はかぼそかった。『密謀(上)』

吐く息だけが白い。頸城野の根雪は、いつもの年より遅れていて、そのかわり朝夕が寒い。『密謀(上)』

兼続は外に出た。やわらかい冬の日が兼続を包んだ。時刻は辰ノ刻(午前八時)ほどだろう。日射しはかなりあたたまっていたが、その中に西から来て東に流れる風とも言えないほどの空気の流れがふくまれていて、衣服の上から肌を刺してくる。兼続は雪の匂いを嗅いだ。野の雪が遅れているだけで、季節はまぎれもない冬だった。『蜜謀(上)』

遠い山々は、雪をいただいたまま静かに冬の光を浴びていた。『蜜謀(上)』

暗い楼梯を下りて、北向の廊下のところへ出ると、朝の光が美しく射してきた。溶けかかる霜と一緒に、日にあたる裏庭の木葉は多く枝を離れた。就中(わけても)、脆いのは銀杏で、梢には最早一葉の黄もとどめない。『密謀(上)』 

それは少許も風のないしんとした晩で、寒威は骨にしみ通るかのよう。恐らく山国の気候の烈しさを知らないものは、こうした信濃の夜を想像することができないであろう。『密謀(上)』 

三人の中老は、一月の淡い日射しの中で喜色溢れる顔を見かわしていた。『密謀(下)』

暗鬱な雲が頭上を覆い、木々は残る木の葉をふり落とそうとしていた。氷雨が野山を叩き、時おりさしかける日射しは、日一日と淡くはかない色を帯びた。そして夜はすばやくおとずれて、暗く長い夜がはじまる。会津は冬を迎えようとしていた。『密謀(下)』

空は晴れて、初冬にはめずらしいやわらかな日射しが、山麓の村に降りそそいでいる。『密謀(下)』

氷雨が野山を叩き、時おりさしかける日射しは、日一日と淡くはかない色を帯びた。そして夜はすばやくおとずれて、暗く長い夜がはじまる。会津は冬を迎えようとしていた。『密謀(下)』

梨木香歩

駅舎を出ようとしたら、雪が降っていた。それも世界を白く塗りつぶさんがばかりの降りようで、その中を焦げ茶色の生きものが左から右へ通りかかった。『家守綺譚』

庭が雪景色だ。降り積もった雪の間から、南天の赤い実が艶々と光っている。雪は止んでいるが空は曇り、いつ降り出すか分からない。空気は鉛の色合いと質感を帯び、風もなく音もない。『家守綺譚』 

夏目漱石 

書斎の硝子戸から冬に入って稀に見るような懐かしい柔らかな日光が机掛の上に射していた。先生はこの日あたりの好い室の中へ大きな火鉢を置いて、五徳の上に懸けた金盥(かなだらい)から立ち上る湯気で、呼吸の苦しくなるのを防いでいた。『こころ』

割合に風のない暖かな日でしたけれども、何しろ冬の事ですから、公園の中は淋しいものでした。ことに霜に打たれて蒼味を失った杉の木立の茶褐色が、薄黒い空の中に、梢を並べて聳えているのを振り返って見たときは、寒さが背中へ噛り付いたような心持がしました。『こころ』

部屋は暖炉で温めてある。今日は外でもそう寒くはない。風は死に尽くした。枯れた樹が音なく冬の日に包まれて立っている。『三四郎』

三浦しおん

雪だ。視界を乱舞する、灰のように細かい欠片に気づき、走はぼんやりと思った。さっきまでは霧雨だったのに、いつのまに雪に変わったんだろう。どうりで寒いはずだ。『風が強く吹いている』 

三島由紀夫

南にむかった窓は壮麗な星空を展いていた。オリオンはまだ見えず、蠍座は既に西に沈み、射手座もその跡を追おうとしていた。これに隣る山羊座は頭と尾だけをあらわし、中央には水瓶座が、三等星アルファーの美童の頭と、左に四個の四等星で水瓶の形を描いていた。その口から星々の水は南へ滴り落ち、魚座は滴りを受けてこれを飲んでいた。『美しい星』

五時半になると、一雄の腕時計は、夜光塗料の助けを借りずに、文字盤の刻みも鮮明に読まれた。東の横雲は葡萄いろになり、空はほの白く、南西の山々の稜線はくっきりし、オリオンの三つ星が薄く残っていた。『美しい星』

初冬の午前の日があたたかく射した白い道の上へ、その店の紅と青の日覆が、人の背丈よりも低く張り出している。『美しい星』

宮部みゆき

雪はずっと降り続いていた。路上や平らな屋根の上などでは、5㎝ほどの深さにまで降り積もっている。日が暮れるころから北風が出てきたので、窓の外に目をやると、冷え切った外気を突っ切って走る、無数の白い斜線が見えた。『火車』

雪は深夜のうちにやんで、今朝はもう呆れるような晴天が広がっている。家の窓から外を見おろしてみても、舗道はきれいに除雪され、濡れたコンクリートが陽光に照らされて輝き、それこそ、見る間に乾いてゆくという感じだった。家々の屋根や建物の軒先からずりさがっている、板のように固まった雪も、ぽたぽたと汗をしたたらせて溶けてゆく。『火車』

山崎豊子

列車が金沢へ近付くにつれ、雪が深くなり、窓外に白山連峰の山々が、白雪におおわれながら重畳と聳えたち、美しい威容を見せていた。

佃と安西は、スチームに曇った窓ガラスを拭い、窓際へ体を寄せて、冬山の清々しい容(すがた)に見とれていた。北国の冬の日は短く、まだ、四時前というのに、山間はもう陰になり、夕陽を受けた峰には夕焼が漂いはじめ、頂の雪が淡い茜色に照り映えていた。

すっかり暮れた庭先に、凍りつくような雪が白々と雪明かりのように輝き、夜の暗みの中に深々と沈んで行くような静けさが張り詰めていた。『白い巨塔』

山本有三

うら枯れたハスが、そこに少しばかり残っているが、葉はもう一枚もついていない。なんのことはない。こわれた番ガサをさかさまに突きさしたように、えがちょこんと立っているだけである。水の中には、カラカサの紙の切れっぱしのようなものが、きたなく、とけて沈んでいた。季節が季節のせいか、池のまわりには、いつものように、散歩する人の姿は見えなかった。どっちを向いても、さびれはてた感じだった。『路傍の石』

路地のなかには、いつかの雪が置き去りにされたように、まだちょっぴり残っていた。それが昼のあったかさで解けて、吾一の足もとのところで、ちいさい水たまりをつくっていた。『路傍の石』

吉村昭

翌朝、初雪が舞った。雪はちらつく程度で、強い風に吹き散らされてわずかに眼にとまるだけであったが、午後に入ると密度が増し、家の入口に垂れたムシロをはためかせて舞い込むようになった。『破船』

遠くの峯々に朱の色が消え、村の背後の傾斜に繁る樹木の紅葉も色褪せた。気温は、日増しに低下した。樹葉が枯れ、落葉がしきりになった。枯葉が舞い上がる。それらは村の道や屋根に降りかかり、遠く海面に落ちるものも多かった。『破船』

二月に入ると、大雪に見舞われた。家は雪に没し、家の中は闇に近くなった。彼は、母とともに屋根の雪をおろし、家の窓の外の雪をとりのぞいて陽光のさしこむ空間を作った。『破船』

遠い峯々を彩っていた紅葉の色が褪めはじめ、気温が日を追うて低下していった。『破船』

樹葉が枯れ始め、裏山から舞い上がる落葉が村に舞い落ちるようになった。海も冬の様相をしめし、北西風の吹きつける日が多くなり、海水は、一層冷えた。『破船』

落ち葉がやんだ頃、早くも初雪が舞った。ちらつく程度であったが夜になるとかなりの降りになり、翌日は激しい吹雪になった。ようやく海は冬の様相を示し、波浪の音が村をつつみこんだ。『破船』

華やかな夕焼けが、西の空を彩った。茜色の積乱雲がつらなる峰のようにそそり立ち、やがて下方から徐々に紫色にかげっていった。『他人の城』

雪が、連日舞うようになり、村落も裏山も白一色にそまった。『ハタハタ』

山は白雪におおわれ、村落にも雪が舞うようになった。そして、積雪が増すと定期バスも村落を訪れることもなくなり、村落は、孤絶した世界と化した。『羆』 

岩のむき出しになった傾斜の所々に、すすきの穂がゆれている。日が山あいに沈みかけていて、村の半ばは暗くなっていた。『破船』
海も冬の様相をしめし、北西風の吹きつける日が多くなり、海水は、一層冷えた。『破船』

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