読書生活 

本もときどき読みます

梅雨の表現。小説で使われている梅雨の表現を集めました。

 梅雨のじめじめした感じを、太宰や漱石らがどう表現していたのか。梅雨の表現を小説から拾いました。随時更新していきます。 

夏目漱石 

梅雨に入って23日すさまじく降ったあげくなので、地面にも、木の枝にも、埃らしいものはことごとくしっとりと静まっていた。日の色は以前よりも薄かった。雲の切れ間から落ちてくる光線は、下界の湿り気のために、なかば反射力を失ったように柔らかに見えた。『それから』

練兵場の横を通るとき、思い雲が西で切れて、梅雨には珍しい夕陽が、真っ赤になって広い原一面を照らしていた。『それから』

三島由紀夫

霧雨の立ち込めた梅雨の夜の病院は、やりきれなかった。『永すぎた春』

客は庭へ目をやった。雨は一時上がっていたが、緑の濃い樹々からは滴がたえまなく落ちていた。庭の樹立は連日の雨を含み、その濡れそぼった重たげな葉叢はもたせあってうなだれていた。庭全体に何か重々しい瑞々しさがあった。門へかよう飛石も苔にふっくらとかこまれて、黒く、生き物の背のように濡れていた。『女神』

霧雨は楓の柔らかい緑の輪郭をいっそうぼかし、雨の中を平気で傘もささずにゆく外人の濡れた金髪は、木の間をよぎるとき、窓からぼんやり外を見ている朝子の目になまめかしく映った。霧に濡れた白い二の腕を、朝子は、あれにさわったら、きっと白樺の木肌のように冷たいだろう、と思って眺めたりする。『女神』 

梨木香歩 

新緑だ新緑だ、と毎日贅を凝らした緑の饗宴で目の保養をしているうち、いつしか雨の季節になった。じっとして机の前に座っていると、ざあーという雨の音が緑の回り、家の回り、庭のぐるりを波のように繰り返し繰り返し、だんだん激しく取り囲む。その音を聞いていると、何かに押さえつけられていてでもいるように動けなくなる。さながら雨の檻の囚人になったような気になる。昼だというのに夜の如く暗く、空気はひんやりと梅雨冷えの肌触り、頭の芯にまで冴え冴えとした湿気が染み通ってきそうだ。

延々と続く水の道の匂いが、微かに生臭く、鼻先を掠めた気がした。裏山から漆黒の闇が、ついそこまで迫ってきている。室内の電燈の明かりを受けて、池に注ぐ水路の回りを、白いドクダミの花が燈篭のようにボウボウと、群を成して咲いている。小雨が、音もなくその上に降っている。『家守綺譚』

北村薫

雨の音がすっかり耳になじんでしまった今日この頃である。布団なども湿気を吸って《早く乾してくれ》と、体の下から要求してくるようになった。『六月の花嫁』

紅茶を頼んだ後、私は大きな硝子窓に目をやった。それは、ついさっき教室で見ていたのと同じく、泣き濡れた女の子の頬のように幾筋もの水滴に飾られていた。『六月の花嫁』

藤沢周平

京、大坂を往来している間に、三日ほどは雨の日があったが、梅雨はそろそろ終わりに近づいているらしく、いまは雲一つ無い青空が広がっていた。水の上にも河原の石にも、六月の日が荒々しくはじけている。『密謀(上)』

吉村昭

梅雨の季節がやってきて、村は雨で煙るようになった。鳥賊(いか)が姿を消し、針に小魚がかかるだけであった。『破船』

梅雨の季節に入り、雨の降る日がつづくようになった。土蔵のかたわらに植えられた紫陽花がひらき、ひと雨ごとに紫の色を濃くしていった。『長英逃亡 下』

有吉佐和子 

雨は卯の花を腐した後すぐ梅雨に続き、そのまま惰性のように降り続いけて寒さがぬけないと思っていたのに、いつのまにか蒸し暑いがきていた。『華岡青州の妻』 

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