近所の駅ビルの本屋で立ち読みしていると、わたしのいる場所に1組のご高齢の夫婦が来ました。どうやら探している本があるみたいです。
おじいちゃんには欲しい本があるみたいですが、おばあちゃんはその本の購入に乗り気でない様子です。ないよ、いらないよ、とぶつぶつ言ってます。
わたしとおじいちゃんおばあちゃんの位置関係はこんな感じ。
盗み聞きしているわけではないのですが、この図でわかるように、彼等とわたしの位置が近く何しているかはっきりわかるんです。見るなと言うのが無理。また、人がどんな本を探しているか気になりませんか?
おじいちゃんは
「手紙手紙…ない。」
と、つぶやいています。なんだ、手紙か。便箋売り場はここではないので「手紙なら手前の文具店売り場ですよ」と声をかけようとしたところ、おばあちゃんが、
「こっちの東野圭吾にもないよ」と言ってます。後ろのコーナーも探しているわけです。
こんな感じ。
こっちの東野圭吾?東野圭吾!手紙!知ってるよおじいちゃん。先月のテレ東ドラマ見たの?よかったよね。亀梨君のラストシーンに涙が止まらない。そうか、おじいちゃん、原作読んでないのか。原作もドラマ以上にいいですよ。
こうなると、他人には思えなくなりました。おじいちゃん、わたしが探します。
わたしは、立ち読みしていた重松清の「小学5年生」を目の前の棚にとりあえず置き、探索に出かけました。
「ここで待ってろ、じいちゃん」と(心の中で)つぶやき、平積みコーナーを見に行きました。「手紙」はドラマ効果で売れてるから平積みコーナーにあるんですよ。
困っているおじいさんに、
「探し物はこれですか?」
と言いながら渡してやるのさ。新年そうそうかっこいいぞ。
ところが、ない!平積みコーナーにないのです。平積みされてるハードカバーの「沈黙のパレード」の隣にも、文庫本の「人魚の眠る家」の隣にもない。「手紙」がない。
平積みコーナーをわたしがぐるぐるしているうちに、おじいちゃんはおばあちゃんとともに本屋を出ていきました。がっかり。
仕方なく、さきほどの立ち読みポジションに戻りました。そして、目の前の東野圭吾コーナーに目をやりました。おじいちゃんが見逃したかもしれません。ついでにおばあちゃんが探していた後ろの東野圭吾コーナーも。でも、やっぱりない。仕方ないか、売り切れたんだね。
本棚を正面から見るとこんな感じです。
立ち読みに戻ろうと、さっきとりあえず置いといた重松清の「小学5年生」を探したら、なんと!先ほど探していた東野圭吾コーナーのすぐ下に、縦積み?とでも言えばいいのかわかりませんが、手紙が重なって立てて置いてあったのです。
こんな感じ。
ちなみに、わたしは宮下奈都の『羊と鋼の森』の上に「小学5年生」を置いていました。
で、本題です。手紙、たくさんあるなら1冊は東野圭吾コーナーに置いといてくれい。
売り場の面積も限られているから仕方ないかな。本屋がんばれ、応援してる。
こんな感じで、今年もゆるくわたしの読書生活を書いていこうと思います。新年早々お読みいただきありがとうございました。今年もよろしくお願いします。