読書生活 

本もときどき読みます

おじさんの方が先に逝くと思ってた。

おじさんとは、私のことではない。老父のことだ。

父の日のプレゼントを実家に送った。プレゼントが着いたと実家の母から電話があった。そこで近所のじいさんが死んだことを聞いた。かなりの衝撃を受けた。

近所と言っても同じ町内会所属というレベルではなく、そのじいさんとは、江戸時代の五人組制度ばりの濃い付き合いをしていた。同じ臼に村全員が制度という名の巨人に入れられ、でかい杵でぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃと何百年もこねられてできた団子のような人間関係が、あの限界集落では構築されている。団子に例えるくらいだから、個の自立など想定外である。どこに自分の足や頭があるかわからないくらいだから。他者と自分の境界線などない町なのだ。みな、農協か漁協に所属していて、昔ながらの他者依存の就労を続けている。

このじいさんが若い頃、わが家に来て、船を買うから借金の保証人になってくれ、と当時働き始めた私に頼みに来たことがあった。母親が間に入り事なきを得たが、それくらい金銭の怨恨の臭いがする町なのだ。私は大学進学と同時に脱出することができた。残された兄や隣町に嫁いだ姉は、逃げた私を恨むことなく老父母の面倒を見てくれている。あの老父には凄まじい恨みがあるのだが、私は歳の離れた末っ子なので、父も弱っていたと周りは言う。兄姉は私より辛い目にあっていたとのことなので、脱出した私に対する心中はいかばかりか。

そのじいさんの死に方が普通ではない。川で浮かんでいたという。警察は自殺としたらしい。ただ、その川は、幅3メートルほどの用水路のようなもので、地元民はあの川で死ぬのはムリだろう、と噂した。検視だ解剖だと大学病院まで運ばれて調べたのだが、外傷なし、事件性なしとのこと。じゃあなんで死んだんだ、となる。あの河童のようなじいさんが溺れるなんてありえない。漁師なのだ。台風の中、太平洋沖に投げ出されても手掴みで魚を取って食べてそうなじいさんが、あの川でなぜ死んだ?うちの老父は何も語らない。あんた何か知ってるんじゃないか?と聞きたくても聞けないらしい。その辺りの老父母間の機微は家を出て何十年も経つ私にはわからない。

葬式に行ったら、そこの娘さん(私より2つ上)が、

「おじさんの方が先だと思ってた。」

と、うちの母と兄に笑いながら言ったらしい。

「ほんとだよねえ」と笑いながら返す母に、兄が怒ったらしい。「腹で思っていたとしても、面と向かって言うか?」と。

兄が父のことを言われて怒ったことに驚いた。私なんか、「ほんとだよねえ」がぴったりだと思うから。

私の知ってる兄と父の関係は、そんな生優しいものではなかった。酔っ払ってヤンキーに絡まれてるよ、と電話があったら金属バットを持って現場に行くのは兄だった。夜中に突然起こされ、酔った父に「どうしてこんな大学にしか行けないんだ!」とキレられたのも兄だった。誰かに「お前のオヤジが先だと思ってた」となんて悠長なことを言われたら、「トドメは俺がさす。誰にも殺させない」くらい言う関係だった。

 

そうか、この何十年で彼らの関係も変わったのか。彼らは今、どんな団子になっているのだろう。変わってないのは、逃げた私だけのようだ。

 

じいさん、なぜ死んだんだろう。82にして自殺するって。止めないからその心境を聞きたかった。