読書生活 

本もときどき読みます

『弟子』 中島敦 不器用ですから

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 孔子の弟子に子路という凄まじい男がいました。孔子なんて聞くと、頭のいいエリート集団とか聖人君子の集まりというイメージがありますが、違うようです。この本は、この子路の生涯を書いた本です。インパクトがあまりに強いため、ここに書きとめておきます。

 しっかり引用しようと思ったのですが、漢字のいくつかが変換されません。悔しい。

子路、孔子の弟子となる。

 腕力自慢で生きてきた青年「子路」が、ニセモノ賢者の孔子を辱めてやろうと、孔子の家に怒鳴りこむものの、孔子の言葉に心震わされ弟子となります。

「学、豈(あに)、益あらんや」

樹も縄を受けてはじめて直くなるのではないか。馬にムチが、弓にケイ(弓を修理する道具)が必要なように、人にも、その放恣(ほうし)な性情を矯(た)める教学が、どうして必要でなかろうぞ。

負けずに子路がこう言います。

しかし、南山の竹は揉(た)めずして自ずから直く、斬ってこれを用うれば犀革(さいかく:犀の革、強靭なもののたとえ)の厚きをも通すと聞いている、して見れば、天性優れたる者にとって、何の学ぶ必要があろうか?

孔子はこう答えます。

汝の云うその南山の竹に矢の羽をつけ鏃(やじり)を付けてこれを磨いたならば、ただ犀革を通すのみではあるまいに。

「馬にムチが必要なように人にも勉強が必要だ」という孔子に「もともと優秀な人間には勉強なんて必要ない」と返す子路。その子路に「優秀な人間も勉強すればもっと優秀になる」と返す孔子。このやりとりあと、子路は孔子の弟子になります。案外単純だなあ、と思った人、それはわたしの筆力不足によるものです。

ここ、大事なところ。

巧言令色足恭、怨ヲ匿シテ祖ノ人ヲ友トスルハ、丘之ヲ恥ズ。

言葉上手におもねり、心の中では恨みながら、しかしなにげなくその人と友達付き合いをするのは恥ずかしいことだ。

生ヲ求メテ以テ仁ヲ害スルナク身ヲ殺シテ以テ仁ヲ成スアリ。

仁のある人は、命を惜しんで仁をそこなうようなことはしないばかりではなく、時には仁のためには命を捨てる。

 おもねってるでしょ、みなさん。そういうもんですよ。この子路、どうも偏屈で片寄ってます。没利害性…とでも言いますか。

 子路のこの偏りを孔子もたしなめようとしますが、すぐにやめます。

孔子も初めはこの角を矯(た)めようとしないではなかったが、後には諦めて止めてしまった。とにかく、これはこれで一匹の見事な牛には違いないのだから。ムチを必要とする弟子もあれば、手綱を必要とする弟子もある。

 ムチを必要とする弟子もいれば、手綱を必要とする弟子もいる…。うまいこと言います。

魯国の内閣書記官長となるも美女軍団にやられ長い旅路へ。

 魯国という国の主君に求められ、孔子はその国の大司冠(だいしこう:すごく偉い人)となります。伴い子路もその国の内政改革案の実行者として腕を振るうことになりました。悪い組織や習慣を一つずつ破砕していく活動に、子路は生きがいを感じます。時には戦争もありました。そんなときは、子路自身真っ先に立って奮い戦いました。

 こうして、孔子のもと力をつけていく魯国でしたが、この魯国を脅威に感じた強国の斉が何とかならないかと立てた策が、「贈り物として美女軍団を遣わす」というものでした。魯国のお偉方の心をつかみ、主君と孔子を離れさせようとします。

 この幼稚な作戦が見事に的中。孔子たち一行は魯の国を出ていくことになりました。そして、このあと、一行は長い旅に出ます。

 どうも中国って美人が強いイメージあります。蒼穹の昴もそんな感じでした。

邪が栄えて正が虐げられるのはなぜだ! 

 ここから長い子路の苦悩が続きます。

 悪は一時栄えても結局はその報いを受けると人は云う。しかし、善人が究極の勝利を得たなどという例はほとんど聞いたことさえ無い。何故だ?天は何を見ているのだ。そのような運命を作り上げるのが天なら、自分は天に反抗しないではいられない。

 また、人間とは思えないこの大天才、孔子が、なぜこうした不遇に甘んじなければならぬのか。

 子路の心は決まっている。濁世のあらゆる侵害からこの人を守る盾となること。精神的には導かれ守られる代わりに、世俗的な煩労汚辱を一切己が身に引き受けること。僭越ながらこれが自分の務めだと思う。学も才も自分は後学の諸才人に劣るかもしれぬ。しかし、一旦ことある場合、真先に孔子の為に生命をなげうって顧みぬのは誰よりも自分だと、彼は自ら深く信じていた。

 孔子やその弟子を国賓として寓した国もありました。しかし、どの国でも諸侯や御用学者の嫉妬からくる迫害に苦しみ、いずれ国を出ることになりました。

国に道有る時も直きこと矢のごとし。道無き時もまた矢のごとし。

 あるとき、弟子が孔子に質問しました。その質問とは、

泄冶(せつや)と比干(ひかん)のどちらが仁か。

というものでした。泄冶(せつや)と比干(ひかん)は人の名前です。2人とも、主君の姿勢を自らの命をもって質そうとした人物です。

 泄冶(せつや)は、主君が部下の妻と通じその女の肌着を身にという付け見せびらかしたとき(とんでもないやつです)、それを諫めて殺されました。一方の比干(ひかん)は、これまた暴虐無道な主君を諫めて殺された部下です。ただし、比干の場合は主君は親であり、自らの位も泄冶とは段違いに高い。

 孔子は、比干は仁だが泄冶は仁ではないと言います。息子であり位の高い比干が自ら身を捨てて諫めることは、たとえ殺されたとしても後に主君の反省を期待できた行為である。しかし、泄冶は血縁でもなければ一大夫に過ぎない。主君が正しくないと思えば潔く身を引けばよいのに身の程をわきまえず一身を以て主君を正そうとした。その行為は自ら無駄に命を捨てたもので、仁どころの騒ぎではない、と。

 これを聴いた子路はどうしても頷けません。口を開きます。

一身の危きを忘れて一国の紊乱を正そうとしたことの中には、智不智を越えた立派なものがあるのではなかろうか。空しく命を捨てるなどと言い切れないものが。たとえ、結果はどうやろうとも。

 答える孔子。

汝には、そういう小義の中にある見事さばかりが眼について、それ以上はわからぬと見える。古の士は国に道あれば忠を尽くして以てこれを助け、国に道なければ身を退いて以てこれを避けた。こうした出処進退の見事さは未だわからぬと見える。

 子路は納得がいきません。孔子に意見します。

結局この世で最も大切なことは、一身の安全を計ることに在るのか?身を捨てて義を成すことの中にはないのであろうか?一人の人間の出処進退の適不適の方が、天下蒼生の安危ということよりも大切なのであろうか?というのは、泄冶がもし眼前の乱倫に顰蹙(ひんしゅく)して身を退いたとすれば、彼の一身はそれで良いかも知れぬが、民にとって一体それが何になろう?まだしも、無駄とは知りつつも諌死(かんし)した方が、国民の気風に与える影響から言っても遥かに意味があるのではないか。

 孔子は、こう返します。

それは何も一身の保全ばかりが大切とは言わない。それならば比干を仁人と褒めはしないはずだ。ただ、生命は道のために捨てるとしても、捨て時・捨て処がある。それを察するに智を以てするのは、別に私の利の為ではない。急いで死ぬるばかりが能ではないのだ。

 そう言われれば一応はそんな気がしてきますが、やはり釈然としないものが子路にはあります。身を殺して仁を成すべきことを言いながら、その一方、何処かしら保身を最上智に考える傾向が、孔子の中に見え隠れする、と子路は言います。

 納得しない子路の後姿を見送った孔子は、こう言います。

国に道有る時も直きこと矢のごとし。道無きこともまた矢のごとし。あの男は、恐らく、尋常な死に方はしないだろう。 

見よ!君子は冠を正しゅうして死ぬものだぞ! 

 子路は、晩年ある国に仕え、国を安寧の道へ進めます。しかし、子路が国を出た際にクーデターが起こり、愛憎と利欲の爆発した反対派が、王を群集の前でつるし上げます。ここで子路がどうしたか。無駄とは知りつつも一身を投げうつか、それとも潔く退くか。

 引用だらけになりましたが、わたしにとってはとても有意義な時間になりましたよ。良書です。すごく。ここまで読んでくださったあなた、買った方がいいです。僅か48ページの短編ですから。名作『名人伝』も入ってますし。 

 名人伝の主人公、紀昌のストイックさに通じるものがあります。

www.yama-mikasa.com

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