読書生活 

本もときどき読みます

プロから学ぶ言い回し。小説で使われている秋の表現を集めました。

 ススキやとんぼ、銀杏など、実際に小説で使われている秋の表現を集めてみました。随時更新していきます。 

浅田次郎

日ごと秋は深まっていた。一週間のうちに市谷土手の桜はすっかり葉を落とし、大河内が命を救った牛込御門の楓も、その古き俗称のごとくに、燃え立つほどの紅に染まった。『箱館証文』

有吉佐和子

降り続くこの秋には珍しい日の光が庭の椿の葉に照り返して、二人の姿をくっきり描いていた。『篝火』

空も何も晴れ上がって外は嘘のような秋日和や。『華岡青州の妻』

井上靖

樹林地帯である。トウヒ、ブナ、マカンバ、シラビ、カツラなどの林の中の冷んやりとした道。そこには秋の陽がこぼれ、梓川の澄んだ音が絶えず聞えている。『氷壁』

上橋菜穂子

赤や黄に色を変えた葉が、水面を錦のように彩った。『鹿の王』

秋の野山の空気は格別である。ことに木々の中に松が入っていると、清新の気が鋭さを増し、心地よい。

秋の陽射しは淡く澄んで、草原にしつらえられた大天幕を白く浮かび上がらせていた。『鹿の王』

薄青い天にさっと刷毛ではいたような雲が浮かんでいる。『鹿の王』

小川洋子

残暑は去り、空気は乾いて透き通り、中庭に射す母屋の影の形も、木立の葉の色合も真夏とは違っていた。光はまだそこかしこにあふれているのに、一番星と月がひっそりと浮かび、雲が刻々と姿を変えていた。『博士の愛した数式』

角田光代

薫は私の知らない歌を歌っている。ふと空を見上げ、ママ、星、と高く指をかざす。闇のなかで彼岸花がおそろしいほど赤い。『八日目の蝉』

田園のあぜ道に彼岸花が咲いている。はっとするほど赤いその花が、何か妙に不吉なものに思え、そのことにたじろぐ。去年はその赤さに驚いただけだったのに。

「赤いお花、きれいやなあ」薫の言葉で、少し気持ちが軽くなる。カナカナと蝉の声がする。声をひそめて鳴いているように聞こえる。『八日目の蝉』

川端康成

寒さに敏い桜の落ち葉が思い出したように立ち上がって微かな秋の音で湿った地を走り、また直ぐ風に見棄てられると静かに死んだ。『篝火』

宿の女中と二人で布団を釣橋の上に干している。黒く塗った橋板の上で揺れている円い彼女らは私の病める秋の上に落ちた赤い南天のようだ。合歓木(ねむのき)の梢に花の跡が残っている。常山木(こくさぎ)は花を持ったまま一葉二葉が黄ばんでいる。桜の葉も色づき初めている。『白い満月』 

別荘の柴折戸を開くと、南天の枝から雨蛙が私の肩に飛び移った。二月ぶりで開く雨戸から早瀬の音が流れ込んだ。川原の石が秋の肌らしく白くなっていた。柱や雨戸が瘦せていた。鮎はもう海に下っていくのだろう。夏よりも湯の匂いが強い。『白い満月』

北村薫 

風がおやっと思うほど冷たい。ジャケットの前を合わせ、ボタンをした。『六月の花嫁』

車は、まるで綺麗に飾られた大きな生き物の中を走っているようだった。周りの山々は秋の色にはっきりと染め上げられていた。「あの金色は?」遠景近景に贅沢に使われた、冴え冴えと澄んだ黄金の輝きを見て思わず叫んだ。『六月の花嫁』

小走りに戻ってきた吉村さんが一面の落葉に足を取られたのか、女の子三人の前でどどーんとひっくり返った。大男さんが彩り豊かな秋の絨毯の上で長い脚を広げて尻餅をついている図は何ともユーモラスで、私たちは思わず、くすっと笑ってしまった。『六月の花嫁』

降り注ぐ秋の光が、ここではむしろ肌に懐かしい。『六月の花嫁』

葡萄色をしだいに濃くする浅間がちょこんと被った雲の帽子は、おしゃれな薄紅の色に変わっていった。『六月の花嫁』

頂上の辺りに、綿菓子をちぎって貼り付けたような小さな雲がかかっていた。『六月の花嫁』

白樺の固まって生えているところを抜けると、いきなり視界が開け、広い広い薄(すすき)の原に出た。ほの白い穂が夢の中の一場面のように、遠くまで揺れていた。その先には落葉樹の林が見え、どっしりと安定感のある山が見えた。『六月の花嫁』

島崎藤村

冷え冷えとした空気は窓から入って来て、この古い僧坊の内にも何となく涼爽やかな思を送るのであった。『破戒』

日の光は秋風に送られて、かれがれな桜の霜葉を美しくして見せる。蕭条(しょうじょう)とした草木の凋落は一層先輩の薄命を瞑想させる種となった。『破戒』

町々の軒は秋雨上がりの後の夕日に輝いて、人々が濡れた道路に群がっていた。『破戒』

秋の日は銀杏の葉を通して、部屋の内へ差し込んでいたので、変色した壁紙、掛けてある軸、床の間に置並べた書物と雑誌の類まで、すべて黄に反射して見える。『破戒』

城山三郎

広田は、世界でいちばん美しいといわれる北京の秋空に立った。群青色の空は高く、大気は澄み切って、若い外交官の心をとらえる。『落日燃ゆ』

司馬遼太郎

この茶道好きの男は、山道の途中に足をとどめてまわりの樹々を見まわした。天王山の南面は落葉樹が多く、かえで、ぬるで、はぜが濃淡それぞれに色づき、樹にからむ蔦まで紅葉しはじめている。『新史 太閤記 下』

野に、秋の色が深くなっている。『国盗り物語 3』

辻々に茜とんぼが舞っている。幸い、入京のこの日は前夜来の雨があがり、はるか西山の空は群青の濃をつくったように晴れている。『峠 上』

その年の秋がきた。金華山が、落葉樹で彩られはじめ、その朝、ただひときれの白雲が峰の上に浮かんでいた。

庄九郎は、果樹園の屋敷を馬で出た。真青な天が、美濃一国十八群の野と川と村々の城館を覆っている。

(みごとな秋だな)庄九郎は、感嘆したい思いである。『国盗り物語 第一巻』

太宰治

私の胸にふうっと、父上と那須野をドライヴして、そうして途中で降りて、その時の秋の野の景色が浮かんできた。萩、なでしこ、りんどう、女郎花などの秋の草花が咲いていた。野葡萄の実は、まだ青かった。『斜陽』

私は、眠れず、どてら姿で、外へ出てみた。おそろしく明るい月夜だった。富士がよかった。月光を受けて、青く透き透るようで、私は、狐に化かされているような気がした。富士がしたたるように青いのだ。燐が燃えているような感じだった。鬼火、狐火、ほたる。すすき。葛の葉。『富嶽百景』太宰治

十月のなかば過ぎても、私の仕事は遅々として進まぬ。人が恋しい。夕焼け赤き雁の腹雲、二階の廊下で、ひとり煙草を吸いながら、わざと富士には目もくれず、それこそ血の滴るような真赤な山の紅葉を、凝視していた。『富嶽百景』

いつか、あれは秋の夕暮れだったと覚えていますが、私とお母さまでその師匠さんの家の前を通り過ぎた時、そのお方がお一人でぼんやりお宅の門の傍に立っていらして、お母さまが自動車の窓からちょっと師匠さんに会釈なさったら、その師匠さんの気難しそうな蒼黒いお顔が、ぱっと紅葉よりも赤くなりました。『斜陽』

いつか、西片町のおうちの奥庭で、秋のはじめの月のいい夜であったが、私はお母さまと二人でお池の端のあずまやで、お月見をして、狐の嫁入りと舅の嫁入りとは、お嫁のお支度がどう違うか、など笑いながら話し合っているうちに、お母さまは、つとお立ちになってあずまやの傍の萩の白い間から、もっとあざやかに白いお顔をお出しになって、少し笑って、「かず子や、お母さまがいま何をなさっているか、あててごらん」とおっしゃった。『斜陽』

静かな、秋の午前。日差しの柔らかな秋の庭。『斜陽』

梨木香歩 

秋の野山の空気は格別である。ことに木々の中に松が入っていると、清新の気が鋭さを増し、心地よい。夏の野山はその生命力でこちらをとって喰わんばかり、冬は厳しくて跳ね飛ばされるよう、春は優しく柔らかでもやもやとしている。何といっても透明度の高さで秋の野山に如くはない。時折空気を震わすような鹿の鳴き声など響くのを聞くと、日本人なら誰でも百人一首の鹿の声に寄せたあの歌を口ずさみたくなるだろう。『家守綺譚』

吹きくる風に一筋の冷たい線が混じっている。初秋と呼ばれる季節になったのだ。空が高い。雲が薄い。涼しい鈴の音が、チリンと響いてくるのは、どこかの軒下に吊るされている、夏の名残の風鈴だろうか。『家守綺譚』

秋の空は高く、遠くで子どもが遊ぶ声がする。吹く風は心地よく思わずまどろみそうになる。『家守綺譚』

ススキの穂も立ち始め、夏の頃とは大分空気の質も変わってきたのが分かる。虫の声もいよいよ姦しくなった。

朝になって庭に出てみると、空は澄み切り風も治まり、ススキの根方に南蛮ギセルの水気のない枯れたような花が出ているのに気づいた。この花はススキの寄生植物である。しかし不思議な浮世離れした漢字があって私は好んでいる。『家守綺譚』

十五夜なので、ススキなど採ってくる。縁台に、床の間から持ってきた口の欠けた花瓶を置きススキを挿しておく。これだけでも風流の心もちがするのだから、大したものだ。『家守綺譚』

縁側から庭を見ると、浮かび上がるススキの穂に銀の珠が連なり、この上なき幻想的の観を呈している。『冬虫夏草』

農家の庭先にはススキが穂を高く挙げ、その脇では自家用の茄子や日野菜、墓参り用の紫の小菊や深紅の鶏頭などが彩を添えている。『冬虫夏草』

空は晴れて、上空には鱗状の秋の雲が現れている。ほころぶ前のススキの穂は固く締まり、朝練を受ける生真面目な少年少女のようだ。『冬虫夏草』

夏目漱石

晩には神楽坂の縁日へ出かけて、秋草を二鉢三鉢買ってきて、露の下りる軒の外へ並べて置いた。夜は深く空は高かった。星の色は濃く繁く光った。『それから』

その頃は日の詰まって行くせわしない秋に、誰も注意を惹かれる肌寒の季節であった『こころ』 

玄関と門の間にあるこんもりした木犀の一株が、私の行手を塞ぐように、夜陰のうちに枝を張っていた。私は二三歩動き出しながら、黒ずんだ葉に被われているその梢を見て、来るべき秋の花と香を想い浮かべた。『こころ』

秋の日は鏡の様に濁った池の上に落ちた。中に小さな島がある。島にはただ二本の樹が生えている。青い松と薄い紅葉が具合よく枝を交し合って、箱庭の趣がある。『三四郎』

二人の足の下には小さな河が流れている。秋になって水が落ちたから浅い。角の出た石の上に鶺鴒(せきれい)が一羽とまった位である。三四郎は水の中を眺めていた。水が次第に濁ってくる。見ると河上で百姓が大根を洗っていた。『三四郎』

空の色が段々変わってくる。ただ単調に澄んでいたものの中に、色が幾通りも出来てきた。透き徹る藍の地が消える様に次第に薄くなる。その上に白い雲が鈍く重なりかかる。重なったものが溶けて流れ出す。何処で地が尽きて、何処で雲が始まるか分からないほどに物憂い上を、心持黄な色がふうと一面にかかっている。『三四郎』

白い雲が大きな空を渡っている。空は限りなく晴れて、どこまでも青く澄んでいる上を、綿の光ったような濃い雲がしきりに飛んで行く。風の力が烈しいと見えて、雲の端が吹き散らされると、青い血が透いて見える程に薄くなる。あるいは吹き散らされながら、塊まって、白く柔らかな針を集めた様に、ささくれ立つ。『三四郎』

東野圭吾

暖簾を掛けようと格子戸を開けて外に出てみると、朝からしつこく降っていた雨がやんでいた。しかも肌にまとわりつくような湿気もなく、からりとさわやかな風が心地よい。遠くの空がほんのりと赤かった。『沈黙のパレード』

藤沢周平

濁った水の上にあわあわと秋の日が照りわたり、何の鳥か、水面をかすめる青い鳥が、虫をついばんで飛び去った。『密謀(下)』

すでに紅葉しはじめている山の木々の下を、木洩れ日を浴びてすすみながら、兼続はそう思っている。『密謀(下)』

昼の日射しは、兼続の一軍がひそむ山腹を灼きつくすようにまだ荒々しいが、日が暮れると天地はにわかに冷える。『密謀(下)』

濁った水の上にあわあわと秋の日が照りわたり、何の鳥か、水面をかすめる青い鳥が、虫をついばんで飛び去った。『密謀(下)』

山を吹き抜けるのは秋風だった。詩人でもある兼続は、迫り来る暮色のなかに、ふと山野の秋を感じる。『密謀(下)』

三浦しおん

日暮れの迫った原っぱには、肌寒い風が吹いていた。草の先は勢いをなくし、夏の面影はもうどこにもない。だれも採るもののない柿の実が、夕日と同じ色をして揺れている。『風が強く吹いている』

三浦綾子

澄んだ空に白い雲がひとひら、陽に輝いて浮かんでいる。『塩狩峠』

三島由紀夫

多くの花は終わりを告げていた。残っているのは夥(おびただ)しい菊だけだった。その菊の葉もあらかた薄黄が射して、花ばかりが造ったように生々しく咲いていた。『煙草』

それは若木の一本の桜が下枝まですっかり紅葉しているのだった。木洩れ日がその紅を透かして人工的なもろい美しさを際立たせていた。その周囲では秋の恣(ほしいまま)な光も息をひそめ、丁度磨き立てた玻璃(はり)を通してみるかのようだった。『煙草』

暑さはすでに空高く遠のいていた。美しい芝生と並木の緑がある。朝子はかすかに秋蝉の声を聴き、木陰の葉の匂いをかいだ。『真夏の死』

森鴎外

藁葺の家が何軒も立ち並んだ一構が柞(ははそ)の林に囲まれて、それに夕日がかっと差している処に通り掛かった。「まああの美しい紅葉を御覧」と、先に立っていた母が指さして子供に言った。子供は母の指さす方を見たが、なんとも云わぬので、女中が云った。「木の葉があんなに染まるのでございますから、朝晩お寒くなりましたのも無理はございませんね」『山椒大夫』

秋が近くなって、薄靄の掛かっている松林の中の、清い砂を踏んで、主人はそこらを一廻りして来て、八十八という老僕の拵(こしら)えた朝餉(あさげ)をしまって、今自分の居間に据わったところである。『妄想』

山本有三

かきねのすきまを、晩秋の風がつめたく吹き抜けて行った。吾一はヒバがきの横に立って、高い空を見上げながら、なんども目をこすった。『路傍の石』

吉村昭 

峯々は、西日を受けて輝いているが、ひときわ高く屹立した峯の頂き付近に、染料をしたたり落としたような淡い朱の色が見える。二日つづきの雨で霧が立ちこめ、峯を望むことはできなかったが、その間に峯の樹葉は色づきはじめていたのだろう。紅葉は、例年、その峯の頂からはじまり、徐々に他の峯々の稜線に移り、やがて雪崩のように速度を早めて山肌を朱の色に染めながら下方へひろがってゆく。それは、深く刻まれた谷々を越え、低い山をおおい、やがて村の背後の山を染める。その頃には、すでに遠い峯々に枯葉の色がひろがっているのが常であった。『破船』

山々は緑と岩肌の色におおわれているが、頂の部分の緑が他の峯々の色とは幾分異なっている。それは、紅葉がはじまるきざしに違いなかった。『破船』

峯の頂きが、朱の色に染まりはじめ、日増しに色も濃くなってやがて他の峯々にもひろがっていった。澄んだ空には鰯雲が浮び、海水は冷えた。紅葉が、山火事のように近づき、裏山を朱に染め、村をおおった。『破船』

その年も、紅葉は天塩山地の高い峰々の頂からはじまった。朱の色は、早い速度で山火事のように尾根一帯を染め、互に合流して深くきざまれた渓谷へなだれ落ちていった。それは谷間に鬱蒼としげる樹木の葉をあざやかに染めながら、所々に滝を作って曲折する渓流の流れとともに下ると、やがて三毛別川の支流に営まれた六線川の村落をつつみ、さらに下流へと進んで海岸線にひろがっていった。『羆嵐』

重畳とつらなる山は、紅葉におおわれている。それは、山が雪におおわれる前の残照にも似た華やかな彩りだった。『羆』

紅葉が山火事のように山の奥からおりてきて、山嶺の樹林を朱色に染めた。『羆』

左右に山がつらなり、かれは山道をたどって奥へ奥へと進んだ。鮮やかな紅葉で体が朱の色に染まっているような感じすらして、しばしば足をとめた。『島抜け』

戸はかたく閉ざされ、人のいる気配もない。が、家の軒から突き出た煙突からは、淡い煙が冷え冷えとした秋の空気の中に流れ出ている。『羆』

岩のむき出しになった傾斜の所々に、すすきの穂がゆれている。日が山あいに沈みかけていて、村の半ばは暗くなっていた。『破船』

翌朝、雨はあがり、秋らしい澄んだ空がひろがっていた。『破船』

秋らしい空の澄みきった日がつづき、窓の外に赤トンボの群れが流れるように飛ぶ姿も見られた。『光る壁画』

澄んだ空には鰯雲が浮び、海水は冷えた。『破船』

気温が低下し、どこからやってくるのか茜とんぼが姿をみせるようになった。その数はおびただしく、流れるように飛び、至る所に羽を休めている。『破船』  

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