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『昆虫すごいぜ!』の香川照之と安部公房の『砂の女』の主人公を比べてみた

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『昆虫すごいぜ!』の香川照之が凄い

 『昆虫すごいぜ!』という番組があります。香川照之扮するカマキリ先生が、昆虫について熱く語る番組です。51歳のおじさんが、カマキリの被り物(自ら監修したものだそうです)を着て、様々な昆虫について語り、捕獲し、観察、リリースするというものです。香川さん曰く、『半沢直樹』でも『小さな巨人』でもなく、この『昆虫すごいぜ!』が自身の代表作であり、ライフワークなのだそうです。興味ありませんか?Eテレのホームページで見ることができます。

 「待ってろタガメ!」 

 わたしはタガメの回を見ました。これです。

 香川照之さんが自身のタガメ愛や、タガメとの思い出などをホワイトボードを使いながら散々しゃべり倒していました。その後、東京や神奈川ではすでに絶滅したタガメを捕獲するために、全国の視聴者から目撃情報を呼びかけます。「待ってろタガメ!絶対おまえをつかまえてやる!」と叫びながら次回へ続きます。

 次回。香川さんが『小さな巨人』のBGMをバッグにタガメ捜査一課長を名乗り、「栃木県の所轄の諸君がいいタレコミをしてくれました」とご満悦の表情で栃木県に向かいます。場所の詳細は流れないんですよ。それを明かすと全国の昆虫マニアがおしよせてくるからでしょう。4時間かけて腰をかがめてタガメをつかまえ、観察し、最後はリリースするというものでした。

 捜索している最中、香川さんがトンボを見つけるんです。そのトンボを見て香川さん、なんと言ったと思いますか?

「こいつなら、生まれ変わってもいいや」

です。これほどの昆虫愛を感じる言葉をわたしは聞いたことがありません。好きなことをしている人を見ていると、楽しくなりますね。おもしろい番組でした。きっちり見たい方は、こちらをどうぞ。 

www.nhk.or.jp

『砂の女』の主人公は何しに砂丘へ行ったのか

 一方、文学界を代表する昆虫マニアに、安部公房が書いた名作『砂の女』の主人公がいます。この『砂の女』、「男が砂丘の中に埋もれている家に謎の女と住む」という何とも不思議な話です。その男、好きでそこに住んでるわけじゃなし。脱出を試みるのですが、ことごとく失敗します。

 あまり知られていませんが、この主人公は何しに砂丘へ行ったのでしょうか。答えは昆虫採集です。

 砂地にすむ昆虫の採集が、男の目的だったのである。

 むろん、砂地の虫は、形も小さく、地味である。だが、一人前の採集マニアともなれば、蝶やトンボなどに目をくれたりするものでない。彼等マニア連中がねらっているのは、自分の標本箱を派手にかざることでもなければ、分類学的関心でもなく、またむろん漢方薬の原料探しでもない。昆虫採集には、もっと素朴で、直接的な喜びがあるのだ。新種の発見というやつである。それにありつけさえすれば、長いラテン語の学名と一緒に、自分の名前もイタリック活字で、昆虫大図鑑に書き留められ、そしておそらく、半永久的に保存されることだろう。たとえ、虫のかたちをかりてでも、ながく人々の記憶の中にとどまれるとすれば、努力のかいもあるというものだ。

 生粋の昆虫マニアです。この男の新種発見への執念が香川照之ばりに凄い。虫なら野や山でしょう。なぜ砂丘?

なぜ昆虫採集を砂丘でするのか?

 この男が砂丘に来たのは、「身の回りには新種はいないから」だそうです。

 そういうチャンスは、やはりどうしても、変種が多くて目立たない、小昆虫の仲間に多かった。それで彼も、ながいあいだ、人のいやがる双し目の、それも蠅の仲間に目をつけてきたものだ。たしかに蠅の種属は、おどろくほど豊富である。とは言え、人間の考えることは大体同じようなものらしく、日本で八匹目という珍種まで、ほとんどあさりつくされてしまっていた。どうやら、蠅の生活環境が、人間の環境にあまり近すぎるためらしい。

 むしろ最初からその環境のほうに着目してかかればよかったのだ。変種が多いということは、とりもなおさず、それだけ適応性が強いということではあるまいか。この発見に彼は小躍りした。おれの思いつきもまんざらじゃない。適応性が強いということは、他の昆虫には住めないような悪い環境でも、平気だということだろう。たとえば、すべての生物が死に絶えた、砂漠のような‥。

 以来、彼は、砂地に関心を示し始めた。

 このあと、この男はハンミョウ属という小さな虫が砂漠に住んでいることを知り、嬉々として砂丘に向かいます。このハンミョウ属の「ニワハンミョウ」という虫についての記述がやたらと長い。

 採集の様子も気合いが入っています。

遠景にはほとんど気を止めなかった。昆虫採集家にとって必要なのは、足下から半径三メートルばかりのあいだに、全注意力を集中しきることだった。なるべく太陽を背にしないことも、必要な心得の一つだろう。太陽を背にしては、自分の影で、昆虫どもを驚かせてしまうことになる。だから、昆虫マニアの額と鼻の頭は、いつも真っ黒にやけている。

この作品、20ヵ国以上に翻訳されて売られているとのことです。この不思議な話が世界中で読まれている‥。実におもしろい。

香川照之さんと『砂の女』の主人公を比べてみた

 両者とも昆虫に対する執念はあっぱれです。『砂の女』にある主人公の昆虫採集の表現、

遠景にはほとんど気を止めなかった。昆虫採集家にとって必要なのは、足下から半径三メートルばかりのあいだに、全注意力を集中しきることだった。なるべく太陽を背にしないことも、必要な心得の一つだろう。

この感じは、香川さんに共通するものがあります。ただ、『砂の女』の主人公の場合、昆虫そのものというより、自分の名前を売りたいという功名心が前に出ています。新種を発見して歴史に自分の名を刻むことが目的です。

「昆虫どもを驚かせてしまう」

という部分には、昆虫への愛が感じられません。

 比べると香川さんの昆虫愛は遥かに上です。というより異常。香川さんは「昆虫ども」などという言葉を絶対に使いません。以下、『昆虫すごいぜ!』の中での香川さんの昆虫語録です。

生命、地球の営み、綿々と繰り返してきたこの生態系の歴史、その一端を手に入れて確認するこの虫捕りという作業がどれだけ尊いのか見てほしい。

僕は昆虫から生き方を学んでいるんです。人間は道具や技術に支えられているけど、本当は弱い存在だ、本能で生きる昆虫たちの強さやまっすぐさからこそ、学ぶものがある。

昆虫に休みはない!(捕獲が長引き、休憩を提案したスタッフに対して)

好きなことを仕事にできるということが、こんなに素晴らしいことなんだなということを改めて感じています。

モンシロチョウは春を呼ぶ一番バッター。昆虫界のイチローだあ!

 こういう気持ちが『砂の女』の主人公に少しでもあれば、砂丘の家で哀しいことにならずにすんだはずなのに。

 ~主人公は、人にして人にあらず、また昆虫にして昆虫にあらず。その名はカマキリ先生~。『昆虫すごいぜ!』は不定期の番組です。わたしたちも砂丘の家に住むことのないよう、昆虫について勉強しましょう。次こそはネットではなく、しっかりテレビで見ようと思います。 

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