読書生活 

本もときどき読みます

ポップな出会い

 最近、マッチングアプリの広告をスマホでよく見る。ヨガ教室のインストラクターだという(テロップに出ている)23才の女の子が、こっちを見ながら笑っている。最近は、中高年専用婚活アプリも出てきた。こちらは、「みんな本気!」が合言葉のようだ。ダンディな男と美魔女が並んで立っている。

 妻に相談したところ、普通に使っていればそういう広告は出てこないらしい。怪しげなサイトをクリックしたのではないか、と言う。エロいサイトしか見ていないので身に覚えは全くない。

 マッチングアプリとは、簡単に言えば出会い系サイトのスマホ版アプリらしい。写真とプロフィールが表示され、お互いが気に入ったら連絡が可能になる。いわば、現代版のテレクラだ。

 私の青春時代、テレクラはかなり危険な大人の遊びだった。テレクラの個室でかかってくる電話をひたすら待ち、壁の向こうのライバルたちに負けない反射で受話器を取る。

 一概には言えないが、たいていの女性は身長や風貌を聞いてくる。「福山雅治に似てると言われたことがある」と言ったら即切りされた。実際は「村田兆治」(知らない人はオジサンに聞いてほしい)と「桂小金治」(知らない人はおじいちゃんに聞いてほしい)に似てると言われたことがあるだけなので、会う約束が成立しなくてよかったのだが。約束を取り付けるには、電話での交渉だけで、相手に好意を持たれるような情報を提示しなければならないのだ。イケメンだと思われる必要がある。この後も、キムタクや江口洋介の名前を出したが、その度に即切りされた。

 なぜ即切りされるのか考えた。女性も警戒している。こちらが安全で信用できる人物であることも伝えなければならない。「福山雅治」と言った時点で信用ならないと判断されたのだろう。それから先、わたしは自分をイケメンにたとえることをやめた。「芸能人で言うと誰?」と聞かれてもはぐらかした。村田兆治や桂小金治に似ていると言ったこともない。個人的には尊敬しているが、彼らはテレクラ向けではない。正直に言うことと相手から好意を持たれることは、イコールではないのだ。

 ある日、「デブは嫌だ。デブじゃないよね。デブだけは無理なの」と何度も念押ししてきた女性がいた。そこで気付いた。そうか、相手も福山雅治やキムタク似のイケメンがテレクラにいるとは思っていないのだ。わたしは中年でもなければ、デブでもハゲでもない。そこを自分の売りにしようと決め、「デブじゃない」「ハゲじゃない」「チビじゃない」「20代前半」など、たいていの若者にあてはまる項目をひたすらアピールした。約束が取れた自称主婦と待ち合わせた公園のベンチで座っていると、ジャージを着た2人組が登場したので素早く逃げた。「若者はカモられがち」ということも学んだ。

 とにかく、あの時代、知らない男女が会うというテレクラは、とても危険がつきまとうシステムだった。 

 ところが、このマッチングアプリは全く違うらしい。指一つでOLさんと出会ってその日のうちにいいことがあった、という話を大学時代のテレクラ友達から聞いた(もうおっさんだが)。わたしの知らないところで、見知らぬ男女の出会いがとてもポップになっていた。

 男だけではない。職場の後輩の女性は「いい男は早い者勝ちなんです」と突然スマホを出しチェックをし始めた。女性は登録がただとのこと。「いい男、いないかなぁ」と言いながら、わたしの方はちらとも見ずに、マッチングアプリ論を続ける彼女。先のテレクラ友達の顔が浮かんだ。絶滅したかと思っていたが、検索すると今もテレクラは営業しているらしい。もう行くつもりはないが。