揺れる飛行機。
先日、飛行機で鹿児島に行きました。10年ぶりの飛行機に背筋が凍りました。あの離陸の際の急加速と強烈な揺れ、斜めに傾く機体に泣きそうになりました。落ちたら死ぬというのに、どうして他の乗客がこうも落ち着いているのか不思議でなりません。隣のおじさんは眼鏡がずれるほど爆睡しています。このおじさん、離陸の前から寝てるんですよ。
遺書を書こうと思いつく。
飛行機事故の際に絶望と恐怖の中で乗客が遺書を書いたシーンが、山崎豊子の『沈まぬ太陽』にあります。自分もこうしちゃいられない、とペンを探しましたが見当たりません。そう言えば旅行鞄にペンなんて入れてません。今は全部スマホ(わたしはタブレットですが)にメモしてますからね。そもそも遺書を書くよりラインで送れば一発です。さっそくタブレットを開きました。
なんて書くか、本気で悩む。
まず書き出しです。
飛行機が落ちそうです。残念だけど、お父さんは死ぬようです。
次は…。この飛行機が落ちてわたしが死んだらどうなるか、想像してみました。
『沈まぬ太陽』によると、残された家族は航空会社が手配したホテル泊まり、事故現場に来て変わり果てたわたしと対面し、遺体を引き取り家に戻る。そして、航空会社の担当者とお金の交渉にあたる。たしか、そんな感じでした。
遺体の損傷が激しいかもしれない、暑くて腐るかもしれない、識別を助けるために、今日の自分の服装を書いておくことにします。
お父さんは、今日、カーキのズボンに紺のポロシャツです。
荷物がわかるように、鞄の中身も伝えておきましょう。
西郷どんのTシャツが入っている鞄が、お父さんのものです。
む?鹿児島空港から羽田に向かう飛行機なので、西郷Tシャツを持っている人はわたしの他にもいるかも知れません。もう少し、詳しく書くことにします。
お父さんが買ったTシャツは、前に「つん」、背中には「たかもり」のイラストが書いてあります。「つん」とは、西郷が飼っていた犬です。
鞄に入らなかったこの紙袋についても書かないと。
あと、鹿児島名物「かるかん」が入っている紙袋も、お父さんのものです。一緒に入っている西郷マトリョーシカは4000円もしました。もし、燃えずに残ったら、お父さんだと思って飾ってください。
あとは息子へ残す言葉を書きますか。
息子よ。これから多くの壁があなたの前に立ちはだかるでしょう。困難を避けず全力で挑戦してください。いつでもお父さんはあなたを見守っています。
ベタですが、これくらいでいいでしょう。家人に何か書かないと、ひがむだろうから少しふれておきます。
お父さんがこんなことになってしまって、お母さんはさぞかし落ち込んでいると思います。これからは、あなたがお父さんのかわりにお母さんを支えてあげてください。
これでよし。読み直してみます。
飛行機が落ちそうです。残念だけど、お父さんは死ぬようです。
お父さんは、今日、カーキのズボンに紺のポロシャツです。
西郷どんのTシャツが入っている鞄が、お父さんのものです。お父さんが買ったTシャツは、前に「つん」、背中には「たかもり」のイラストが書いてあります。「つん」とは、西郷が飼っていた犬です。
あと、鹿児島名物「かるかん」が入っている紙袋も、お父さんのものです。一緒に入っている西郷マトリョーシカは4000円もしました。もし、燃えずに残ったら、お父さんだと思って飾ってください。
息子よ。これから多くの壁があなたの前に立ちはだかるでしょう。困難を避けず全力で挑戦してください。いつでもお父さんはあなたを見守っています。
お父さんがこんなことになってしまって、お母さんはさぞかし落ち込んでいると思います。これからは、あなたがお父さんのかわりにお母さんを支えてあげてください。
よし。あとは落ちる間際にこれを送信するだけです。
このタブレットの始末。
書き終えてふと思いました。このタブレットはどうなるのでしょう。これもあの人たちのもとに行くのかな?
となると、見られちゃいけないデータを消さなくてはいけません。おっぱいの検索履歴はもちろん、この日のために調べた鹿児島のおっパブデータも削除です。鹿児島のデータはまだいいですが、都内や横浜のおっパブデータを消すのはちょっと痛いです。でも、「困難を避けず全力で挑戦してほしい」なんて書いているのに、おっパブ通いがばれたら息子に嫌われる。
待て、家にあるわたしのパソコンのデータも消さないと。あのマジックミラー号コレクションが晒されたら大変なことになります。消せない。もう間に合わない。家人にラインでお願いしようか。息子にばれないように消してくれって。いやいやそんなこと頼めない。
死にたくない。死ねない。
ということで、着陸時に落ちないよう祈り倒してました。よかった、無事に帰ってこれて。