読書生活 

本もときどき読みます

カミツキガメ

 数年前にウツで休職した。半年間、家にこもっていたが、薬が効いてきたのか、しばらくして外に出られるようになった。読書好きだったので図書館に通った。スタッフとも顔見知りになり、目が合えば頭を下げる関係になっていた。

 僕にとって、平日の図書館はオアシスだった。本は山ほどあるし、静かで空調も効いているし、座り心地のよい椅子もある。毎日決まった席に座り、本を読んで過ごす。ラストまで残り、閉館時に全体を見回して椅子を整頓したりゴミを拾ったりしていた。

 ある日、そのオアシスの静寂が破られた。顔をあげると、「おとといの読売はどこにあるんだよ」と、新聞の束を持ちながらスタッフに声を荒げるキレ気味のじいさんがいた。「あとさ、トイレが汚いんだけど」とじいさんは続けた。

 僕の仲間を傷つけるな、と、後ろから角材で殴ってやりたくなったが、角材はない上に戦闘能力にも自信がない。そこで、バカなフリをして、どえらい近くまでじいさんに近寄り、不機嫌な顔をするという戦法に出た。

 ツカツカと寄り、じっと睨んでみた。僕と目が一瞬合ったものの、じいさんの罵詈雑言は止まらない。するとスタッフは「少しお待ちください」と言い残し、奥に消えていった。残された僕とじいさんの間に気まずい空気が漂う。相変わらず僕はバカなフリ攻撃。じいさんは、僕の方を気にしながら、「チッ」と大きめの舌打ちをして、図書館を出て行った。僕は席に戻り本を開いたが、動悸がおさまるまでずいぶん時間がかかった。スタッフが戻ってきた時には、もちろん誰もいない。

 次の日、図書館に行くと、昨日のスタッフが笑みとも照れともつかない表情で僕に気付いて会釈した。向こうにとっては、いつもと変わらない挨拶だったかもしれないが、僕は高揚した。スタッフの間で、僕はこの図書館の危機を救ったヒーローとなっているのではないか、そう考えると、肯定感が身体中を駆け巡った。

 それからというもの、「この図書館の治安は私が守る」という気概をもち、図書館を喫茶店と勘違いしているカップルや、パソコンを広げたまま、数時間離席する老人に声をかける日々を送った。図書館警察です。

 今、考えると背筋が凍る。ウツの恐ろしさはここにある。攻撃性が増し、カミツキガメとなるのだ。さらに僕の場合、(おそらく)計算も働いていた。平日の図書館に本当に危険なヤツはいない。

 まだウツ抜けとは言えないが、アナーキーな怒りはずいぶん収まっている。よかった。あのじいさんも、精神的に参っていたのかもしれない。今会えば、よい病院を紹介できるのだが。

 妻に、気に入らない人間への対処法を聞くと、「縛り付けてネイルガンを打つか、電動鉋をかける」と言う。普通じゃない。ハンバーグ美味しいのに。