読書生活 

本もときどき読みます

みんなありがとう

 職場で仕事をしていたら、窓をトントンする人がいる。見ると、幼児を抱いたお母さんとおばあちゃんがこちらを見ている。近くに引っ越して来る予定で、この子を通わせる保育園が近くにあるはずなのだけど、どこにあるのか分からない、とのことだった。

 課長が対応していた。まっすぐ行った突き当たりを左に曲がると階段があるから、そこをおりたところにある細い通路を入ってすぐですよ、と言う。お母さんとおばあちゃんはキョトン顔だった。

 機嫌のよかった僕は、「すぐそこだから、一緒に行きましょう」と声をかけ、外に出てサンダルをはいて一緒に歩いた。別に優しいわけじゃないし、どちらかと言えば自己中心的な僕だけど、今日は誰かに優しくしたい気分だった。何を話したかよく覚えてないけど、4人で数分間、楽しい散歩をした。

 保育園まで送り届け、先程おりた階段を1人で登る途中、笑いがこみ上げてきた。気持ちがよくなってきた。よい気分の時は、率先して他人によいことをしようじゃないか、さっき僕は、ありがとうと言われて嬉しかった。生えている木に「大丈夫?」と声をかけた。夕日が眩しい。生きてるって素晴らしい。みんな愛してるよ、と24時間テレビを思い出しながら心の中で呟いた。

 数分たち、職場の窓を開けようとしたら、鍵がかかっている。カーテンもしまっている。トントンと何回も叩き、やっと入れてもらえた。僕の隣で課長は資料に目を通していた。先程のやりとりはまるで覚えていないらしい。

 今、「Humankind」という本を読んでいる。副題は「希望の歴史」である。名著「サピエンス全史」の著者が、自分の人間観を変えさせた、とまで言った本である。上下巻のハードカバーだが(がんばれば1冊にできたのではないか?と思うくらい余白がある)、僕なりにまとめると「いろいろあるけど人間は優しいよ」という本だ。我々より賢く体格もよかったネアンデルタール人が滅び、サピエンスが生き残ったのは、我々サピエンスが排他的で意地悪だったから、という説がまかり通っているが、そうではないよ、と書いてある。理由が気になる人は読んでほしい。

 帰り際、部長にあった。にこやかな顔で近づき、ずいぶん前に僕が書いた企画をベタ褒めした。「課長にも褒められたでしょう」と言う。初耳だ。もう、どうでもいい。マネジメントもあるだろうが、ホメは直接言おう。思いというものはなかなか伝わらないし、相手に明日会えるかもわからない。直接伝えよう。みんなありがとう。愛してるよ。と。