読書生活 

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かつ丼と南野陽子

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 中2の息子が欅坂46のファンだという。中でも「平手友梨奈」という子がお気に入りとのこと。アイドルのようにきゃぴきゃぴしていないところがよいらしい。

 思春期なのに今まで息子にはそういった話が一切なかったので、今回の欅坂46と平手さんの話には驚いた。確かに、彼女たちの映像を見ると笑顔少なく視線は下、露出も少なくスカートも長い。冬だからかな?

 悪のりした家人が平手さんをネットで調べ始めた。15歳にして既にwikiページが作成されている。

 お父さんは好きな芸能人とかいたのか、と聞かれた。わたしは斉藤由貴が好きだった。当時人気の「スケバン刑事」の主役だった。女子高生なのに刑事、銃のかわりにひもの部分が鎖でできた特製のヨーヨーを持っていた。当然、うちの息子にとって斉藤由貴はアイドルではない。アイドルではなく「不倫の人」だそうだ。

 あれから30年。斉藤由貴は未だに芸能界にいる。二代目スケバン刑事の南野陽子も、三代目スケバン刑事の浅香唯もテレビで全く見ない。こう書くと、南野陽子と浅香唯が芸能界に残れなかった感があるが、もしかしたら彼女たちが自分の意志で芸能界から身を引いたのかもしれない。関係ないが、わたしのガラケーで「あさかゆい」とうつと、「朝痒い」と変換される。

 わたしが斉藤由貴に夢中だった中学の頃、わたしの父親は酒に夢中だった。病院に行くことを激しく拒絶していたが、あれは絶対アル中だったと思う。夕方学校から帰ると、会社にいるはずの父親が家で飲んでるということがよくあった。外では気を使ってたんだろう。父は家でその分発散してた。

 堪えきれなくなったわたしの母親は、わたしが中3のとき、わたしを連れて電車で2時間のところにあるおばの家に逃げた。母親の母親の妹だ。ちょうど今頃年末だった。夜逃げの一種だ。といってもわたしに悲壮感はなかった。夜逃げの雰囲気に酔っていた。悲壮感どころか、公然と学校を休めるということに高揚感すらもっていた。

 夜の9時頃おばの家に着いた。酔った父親からの電話におばは怒っていた。「うちには来てない。この寒空の中、どこに行ったんだろうね。かわいそうに」と怒鳴っていた。ここにはいないことになっているらしい。母親は泣いていた。料理の得意なおじはわたしにかつ丼を作ってくれた。電話で怒るおば、かつ丼を食べるわたし、その隣で泣く母親、そのまた隣で黙ってテレビを見るおじ、そのテレビにうつっていたのは南野陽子だった。「吐息でネット」を歌っていた気がする。この場と南野陽子が全く合っていなかったのでよく覚えている。

 結局、わたしと母親は一か月ほどして父親のもとに帰った。わたしとしては離婚してほしかったが、この結末も覚悟していた。専業主婦の母が、当時学生だった姉と兄、そしてまだ中学生のわたしの将来のことを考えたら、そうせざるを得なかったのだろう。母親には本当に申し訳なく思う。

 家に帰ると、父親はわたしと母親に向かって「すまなかった。もう二度と酒は飲まない」と頭を下げた。その断酒宣言は半年間もった。よくもったと思う。父親は自分の人生を「太く短く」とよく言っていた。しかし、あれから30年。父親はまだ生きている。

 年に一度、わたしは息子と家人を連れて正月に帰省する。一泊して戻る。父親とは18歳まで毎日一緒に生活していたが、進学と共に家を出て以降、年に一度の正月にしかわたしは帰らなくなった。少しの仕送りはしてもらったが、大学には奨学金で行った。今となっては、その微々たる仕送りに感謝しなくてはならない。大学進学以降、わたしと父親が同じ空間にいるのは、1年に1日、5年で5日、10年で10日だけ。

 話がそれすぎた。30年などあっという間。息子も平手さんもがんばってもらいたい。そう書きたかった。今年の正月も帰省する。一泊して戻る。

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