読書生活 

本もときどき読みます

中秋の名月の妄想

 水曜日の夜、仕事が忙しく帰宅が夜の10時頃になりました。家の近くの道路の真ん中に何かあります。車を止めてよく見ると、ゴミです。ゴミ集積所が荒れています。疲れてるし、早く寝たいし、車で踏みつけてさっさと帰ろうとも思いました。

 普段ならゴミを踏みつけてましたが、車を止め、ゴミ集積所の掃除をはじめました。その日は中秋の名月で、帰宅途中にそれはそれはきれいな月を見たんです。だから、気分もよかったんです。

 朝出さなきゃいけないゴミ袋を夜のうちに出した人がいたんですね。そのゴミ袋が野良猫にやられたようです。バナナの皮、ポテチの袋、豆腐の容器…しっかり分別しなさい、こらあ、ばかあ、と、ぶつぶつ言いながら、備え付けのホウキで散らばるゴミが集め、ちりとりで取り、破れた袋をなんとか修復し、きれいにもう一度網をかけ直したその時、ライトが光りました。

 後方から車が来たのです。その車は、少しずつ減速しました。誰かに見られたい、そして、少しはねぎらってくれるのかな、そう思いました。

 背中越しに、

「ありがとうございます。困った人がいるものですね。手伝いますよ。」

とか、言われちゃったりして。

振り向いたら、ちょっと美人な方だったりして。

「いや、今、終わったところですよ。」

と、爽やかに返すと、

「これ、よかったらどうぞ。」

と、コーヒーか何かを貰っちゃったりして。

「こんなところじゃなんですから、こちらに座りませんか?」

なんて助手席に誘われちゃったりして。

「お住まい、その角ですよね。すみません、あ、変な意味じゃなくて、その…時々お見かけするものですから。」

なんて言われちゃったりして。

ドギマギするわたしに、

「今夜は、月が綺麗ですね。」

と、続ける彼女。

「漱石ですか?」

と、返すわたし。漱石は、I love youを「月が綺麗ですね」と訳したとか。

「お読みになるんですか。」

「少しですが。」

「いえ、そういうんじゃなくて、すみません。」

と顔をあからめる彼女に、

「妻が待ってるんで…失礼します。」

と、後ろ髪をひかれる思いで彼女の車を降り…。

 

 そんな妄想をかき消すように「ルール違反だろが!」とイカツイおっさんの怒鳴り声が。

 そのまま立ち去る車。一瞬の出来事でよく意味がわからなかったのですが、まわりに人はわたししかいないので、「ルール違反だろが!」は、わたしに対しての叱責であることに間違いありません。どうやら、ゴミ収集の朝ではなく、前夜にゴミ出ししている悪いヤツだと勘違いされたようです。

 褒められたくて、という気持ちがミリもなかったと言ったら嘘になります。妄想とのギャップが激しく、豆腐とポテチの食べかすでベタベタの手の平を見て、悲しくなるわたし。

 車を追いかけて、「わたしじゃないのだ、わたしは誰かが捨てたゴミをクタクタの体にムチ打って掃除していたのだ」とでも言えたら向こうも納得して、多分「そうとは知らずに勘違いして、怒鳴っちゃったりして悪かったね」と言ってもらえたかもしれないけど、そうはしなかったのです。なぜかって?

 

 月がきれいだったからですよ。中秋の名月。美しい自然は人の気持ちを穏やかにさせるのさ。

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