平成も残すところ2年弱という2017年6月、1人の歌人がこの世を去りました。名前を萩原慎一郎といいます。
有名私立中高一貫校でいじめを受け、歌人を志すも非正規として働き、32歳で自ら命を絶ちました。彼の死の半年後、歌集「滑走路」が発表されました。歌集としてはすさまじい売り上げを記録しているとのことです。
正直、「自殺という悲劇性がこの売り上げを支えているのではないか」という穿った見方を持っていましたが、読んでみて、そのような邪な考えはすぐ消えました。
彼の歌は、絶望の中でも希望を失わない。夢への希望に溢れています。
更新を続けろ、更新を。ぼくはまだあきらめきれぬ夢があるのだ
三十路には距離があるから春の日のために翼を見つけ出さねば
希望の中でもあきらめてしまいそうな、虚無的な絶望に襲われる日もあります。そんな日々を歌ったものがこれ。
満員の電車のなかで群衆の 一部となっている俺がいる。
東京の群れのなかにて叫びたい 確かにぼくがここにいること
仕事が辛い、非正規の悲しさを歌ったものがこれ。
逃げるわけにもいかなくて 平日の午後六時までここにいるのだ。
箱詰めの社会の底で潰された蜜柑のごとき若者がいる。
非正規の友よ負けるな僕はただ 書類の整理ばかりしている。
負けるな、という強い言葉を放つが、自分もたいしたことはしていない、というジレンマですね。
そんな彼の恋の歌。
雨に濡れながらも走る電車あり ぼくはあなたを守り抜きたい。
遠くからみてもあなたとわかるのは あなたがあなたしかいないから
情景ががっちり思い浮かぶ歌。わたしはこれが一番好き。
かっこいいところをきみにみせたくて 雪道をゆく掲載紙手に
萩原慎一郎は絶望の真っただ中にありながらも、憎しみや怒りに身を任せず、自身を鼓舞し、進んでいこうとします。その強い姿に勇気づけられる人はわたしだけではないはず。
自殺の理由は、中高と続いたいじめにより、精神が不安定になったことが原因と聞きます。この歌は、この歌集におさめられたものではありませんが、彼が自身のいじめ体験を歌ったものです。
屑籠に入れられていし鞄があれば すぐにわかりき僕のものだと
早世した天才と言われつつあるようですが、わたしはそうは思いません。また、彼もその呼び名を望んではいないでしょう。
もうすぐ平成が終わり新しい時代が来ます。どんな時代になるのでしょうね。格差はますます広がり、いじめはなくならないような気がします。
後に、「平成を知りたかったら彼を読め」そう呼ばれる歌人になることは間違いない。最初で最後の歌集と書きましたが、この歌集の売れ行き次第では、第二弾があるかもしれません。
きみのため 用意されたる滑走路 きみは翼を手にすればいい。